新型インフルエンザ脳炎と診断した1例
(Vol. 31 p. 20- 21: 2010年1月号)

症例:21歳男性(寮生活中の大学生)。喫煙歴なし、飲酒歴なし、海外渡航歴なし、アレルギーなし、ペット飼育なし。
主訴:意識障害
現病歴:2009年9月30日朝から悪寒が出現し、夕方に37℃台の発熱を認めた。翌日10月1日朝には38℃台まで発熱し、当院総合内科を受診した。この時点では症状は発熱以外に上気道症状などを認めず、鼻咽頭ぬぐい液迅速検査にてインフルエンザA・Bともに陰性であり、アセトアミノフェンを処方され帰宅、内服した。翌日朝は36℃台まで解熱し、友人と普段通り会話をしていた。しかし後日確認したところ、10月1日就寝後の記憶が本人にはなかった。さらにその翌日10月3日朝も異常ないことを友人が確認していたが、その友人が外出し、20時30分ごろ帰寮したところ、床に倒れて暴れている患者を発見した。壁に足を打ちつけるなどして暴れており、全く従命が取れなかったため当院救急搬送となった[当時寮内には学生120人中70人がインフルエンザに罹患するなど、インフルエンザ(季節型か新型かは不明)が流行していた]。

既往歴:生来健康
来院時所見:身長 180cm、体重 110kg。体温39.2℃、血圧 220/120mmHg、脈拍78/分。眼瞼結膜貧血なし、眼球結膜黄疸なし、肺野清、心音純、腹部平坦・軟、下腿浮腫を認めず。内服は10月1日処方されたアセトアミノフェンのみ。

来院時神経学的所見:意識レベル:JCS 30、GCS 4-1-5。項部硬直なし、眼球偏位なし、瞳孔径 5.0mm/5.0mm、対光反射迅速。不穏で暴れており、明らかな四肢麻痺を認めない。深部腱反射正常、痙攣なし、両側Babinski・Chaddock徴候ともに陰性。

来院時検査所見:
血算:WBC 21,300、Hb 17.2 g/dl、Ht 49.3 %、Plt 23.3/μl、APTT< 22sec、PT 13.6 sec 、INR 1.10、D-dimer 1.2μg/ml、AT-III活性 128%、フィブリノゲン 332 mg/dl。

生化学:Alb 4.8 g/dl、CK 639 U/L、AST 30 U/L、ALT 17 U/L、LDH 529 U/L、ALP 245 U/L、γ-GTP 26 U/L、Cr 0.93 mg/dl、BUN 14 mg/dl、Glc 147 mg/dl、T-bil 1.1 mg/dl、Na 140 mEq/L、K 4.3 mEq/L、Cl 105 mEq/L、CRP< 0.09 mg/dl、NH3 47μg/dl。

内分泌:TSH 2.052μU/ml、FreeT4 1.08 ng/dl、BNP 18.5 pg/ml。

免疫:RF< 2、ANA(−)。

感染症:梅毒TP抗体(−)、HBs抗原(−)、HCV抗体(−)。

ウイルス抗体価:HSV・VZV・CMV・EBでいずれもペア血清で既感染パターン。

髄液検査:性状透明、初圧 200 mmH2O、細胞数33(リンパ球17・単球16)、蛋白98 mg/dl、Glc 86 mg/dl、Cl 124 mEq/L。

墨汁染色陰性・培養陰性、抗酸菌PCR(TB・AV)陰性、HSV-DNA(PCR)陰性。

インフルエンザ:鼻咽頭ぬぐい液迅速検査にてA・Bともに陰性。

尿検査:蛋白2+、尿糖2+、比重 1.030、pH5.0、ビリルビン(−)、ケトン体(−)、白血球(−)、亜硝酸(−)、潜血(−)。

尿中肺炎球菌夾膜抗原:陰性、尿中レジオネラ血清群1 LPS抗原:陰性。

来院時画像所見:胸部レントゲン・頭部CT・胸腹造影CTでも特記すべき異常を認めず。頭部MRIでは拡散強調画像にて脳梁膨大部に限局した高信号域を認めた。

入院後経過:意識障害を認め、全く従命が取れず、不穏で暴れている状態であったために気管内挿管の上鎮静し、人工呼吸器装着とした。意識障害の原因として単純ヘルペスウイルス性脳炎を最も疑い、アシクロビルの投与を開始した。10月5日(第5病日)再度提出した鼻咽頭ぬぐい液のインフルエンザ迅速検査では陰性であったが、PCRで新型インフルエンザウイルスAH1pdmが陽性との結果が出た。このためオセルタミビルの投与を開始した。この後10月7日(第7病日)には鎮静下でも開眼し、離握手の従命が可能になったため鎮静剤を徐々に減量、10月9日(第9病日)には人工呼吸器離脱・抜管とした。この時点では挿管の影響で発語は困難であったが、意識清明であった。脳波では全般的に徐波の混入を認めた。さらに10月14日に当院臨床検査科で入院時(第4病日)の髄液でAH1pdm遺伝子検査を実施した結果、AH1pdmのM2の塩基配列とほぼ一致したとの報告があり、本症例を新型インフルエンザ脳炎と診断した。10月16日(第16病日)、頭部MRIを再検したところ、脳梁膨大部の病変は消失していた()。この後は神経学的後遺症を残さず、全身状態良好であり、11月2日退院とした。

東海大学医学部神経内科 阪部恵理 大貫優子 永田栄一郎 瀧澤俊也 高木繁治
東海大学医学部臨床検査科 浅井さとみ

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る