1933年に、英国の研究者らがインフルエンザウイルスを発見したが、その後も、本菌の学名として「Haemophilus influenzae 」が使用されてきた。
本菌は、国内では「インフルエンザ桿菌」と表記されることもあるが、「インフルエンザ菌」が、細菌学的な正式の和名である。
B.細菌学的特長
インフルエンザ菌は、グラム陰性の小型の球桿菌または桿菌であり、「haemophilus 」という名前が示すとおり、血液成分であるX因子(X factor:hemin)やV因子(V factor:NADおよびNADP)などを生育に必要とする。菌を被う莢膜多糖体の構造の違いにより、a〜fの血清型と無莢膜株(non-typable)に型別される。インフルエンザ菌b型莢膜株は、「Hib」と呼ばれ、乳幼児に髄膜炎を引き起こすことで知られている。I〜VIIIおよびbiovar aegyptiusのbiotype(生物型)に型別される。Hibの遺伝子型をadk 、atpG 、frdB 、fucK 、mdh 、pgi 、recA の7つの遺伝子の変異を指標としたMLST解析では、欧州や米国では、ST-6型の株が多い傾向が見られる。
病原因子としては、b型莢膜多糖の産生、定着因子としての線毛、IgA1プロテアーゼ、28kDa膜蛋白などが指摘されているが、Hibが侵襲性を示す機構については、不明な点が多い。
C.疫 学
本菌は、ヒトの鼻咽腔に常在し、その多くは無莢膜株であるが、小児の髄膜炎や敗血症例から分離される株は、95%以上がHibであり、Hib感染症患児の兄弟や両親からHibが検出される場合もある。
5歳以下のHib髄膜炎の罹患率は、Hibワクチン導入前の欧米、北アメリカ、アラスカ地域では、10万人対40〜300であり、まだHibワクチン導入がされていないわが国でのこれまでの富樫、神谷らの調査では、10以下と推定されている。しかし、Hibワクチンを定期接種として導入した米国などでは、罹患率は着実に低下し、現在は、「ほぼ0」に減少した。ただし、最近あらたに、Hibワクチンで防御できない無莢膜株による小児の中耳炎などが市中感染症(CAI)として問題となりつつある。
D.インフルエンザ菌感染症と症状
一般的には、ウイルスなどによる「風邪」の回復期にしつこい痰(膿性)が続く場合などに、喀痰より本菌が分離されることが多く、生物型IIまたはIII型の無莢膜株は、中耳炎、副鼻腔炎、慢性気管支炎、結膜炎からしばしば分離される。莢膜血清型がb型で生物型I型株は、主に生後4カ月以降の乳幼児の敗血症や髄膜炎の起因菌となることが多く、急性喉頭蓋炎(閉塞性喉頭炎)の原因にもなる。成人の肺炎は有莢膜株による場合が多い。
一方、H. influenzae biogroup aegyptiusは、Koch-Weeks bacillus、H. aegyptius などとも呼ばれ、ブラジル紫斑熱(Brazilian purpuric fever)を引き起こす。この疾患は、1984年にブラジルのサンパウロ市で10名程度の子供が化膿性の結膜炎に罹患した後、血管の破壊と紫斑などで死亡し、一般に知られるようになったが、現時点では稀である。
E.検査法と診断法
本菌による上気道感染症が疑われる患者(児)では、咽頭や鼻咽腔より細い綿棒で鼻粘膜液を採取しチョコレート寒天培地に接種し、35〜37℃で24時間、アネロパック・CO2[三菱ガス化学(株)]や炭酸ガス培養装置などを用い5〜6%の炭酸ガス濃度下で培養する。なお、チョコレート寒天培地に、バシトラシン(300mg/l)などを添加すると、上気道に常在する他の雑菌の生育が抑制され、分離効率が向上する。また、喀痰材料からインフルエンザ菌を効率良く分離・培養するため、元千葉大学小児科の上原らは、喀痰の「洗浄」を推奨している。
膿性痰のグラム染色と鏡検(×1,000)では、グラム陰性で多形性を有する微小な短桿菌が多数の好中球とともに認められる。好中球による菌体の貪食像は乏しいが、好中球の周辺に菌体が無数に散らばるのが特徴的とされている。咽頭スワブの染色像では好中球は乏しく、一般的には扁平上皮細胞の周りに菌体が多数認められる。本菌の染色にはサフラニンよりもパイフェル液が推奨されている。菌体が小さく見落とされやすいため、鏡検時には塗抹の薄くなった箇所を注意深く丹念に観察する。
乳幼児で食欲減退、嘔吐、けいれんや髄膜刺激徴候が認められ、細菌性の髄膜炎が疑われる場合は、直ちにCT検査により脳や髄腔の他の疾患を否定した後、腰椎穿刺と髄液沈渣のグラム染色を行う。鏡検により白血球の増加とともにグラム陰性の小桿菌が認められれば、インフルエンザ菌による髄膜炎も疑う。新生児の場合は、B群レンサ球菌(GBS)、大腸菌K1型莢膜株、乳児以降の場合は、肺炎球菌などによる髄膜炎が鑑別対象となるため、髄液のグラム染色とともに菌の分離・同定が重要である。
F.薬剤耐性菌の状況
本菌は、従来は、ペニシリン系をはじめ多くの抗菌薬に感性を示していた。しかし、1970年代より、ペニシリンに耐性を獲得した株が出現した。ペニシリン耐性株には、プラスミド依存性にペニシリナーゼ(TEM-型、ROB-型)を産生する株とそれらを産生しない株の2つが存在する。後者は、ペニシリン結合蛋白(PBP)に変異を獲得しており、cefaclor(ケフラール)などの経口セファロスポリンにも耐性を示す。この種の株がわが国では外来患者からも多数分離されるようになり、後述するように、BLNAR株などと呼ばれている。
また、50Sリボゾームを構成するリボソーマル蛋白(L4、L12)や23S rRNAに変異を獲得し、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンなどに耐性を獲得した株や、さらに、DNAジャイレースやトポイソメラーゼのQRDR領域のアミノ酸置換により、キノロン、フルオロキノロンに耐性を獲得した株が出現し、海外でも警戒されている。
G.「BLNAR」株について
ftsI 遺伝子(PBP3をコードする遺伝子)の変異によりペニシリンや経口セファロスポリンに耐性を獲得した株(いわゆる「BLNAR」株)では、PBP3などのアミノ酸残基の置換部位や、さらにそれらの組み合わせなどにより、微妙に耐性度や耐性パターンが異なる。また、AcrAB排出ポンプ蛋白も本菌のペニシリン耐性に関与していることが示唆されているため、「BLNAR」株の識別を特定の遺伝子を検出して行う標準的な方法はまだ確立されていない。PCR法などによる遺伝子検査法も開発されつつあるものの、コストや手間の面から、一般的な細菌検査室で実施できず、現時点でも、耐性株の識別には、従来の薬剤感受性試験が最も簡便、実用的な方法とされている。
H.侵襲性感染症の予防方法と効果
詳細は、別に記述する(本号9ページ参照)。
I.治療法
Hib髄膜炎などの重症感染症の治療には、第一選択薬として、髄液に移行しやすいcefotaxime、血中の半減期が長いceftriaxone、またはcefuroximeなどが用いられることが多い。上気道感染症のときには、amoxicillin/clavulanate、cefiximeなどが用いられる場合が多い。第二選択薬としてimipenem/cilastatin、ciprofloxacin(成人)などが用いられている。ただし、PBPに変異を獲得したBLNAR 株などに対しては、cefaclorなどの経口セファロスポリンの効力は期待できない。biovar aegyptiusによる急性結膜炎やブラジル紫斑熱では、rifampicinが用いられた。
国立感染症研究所細菌第二部 荒川宜親