米国帰国症例より分離された多剤耐性Acinetobacter baumannii の解析
(Vol. 31 p. 199-200: 2010年7月号)

多剤耐性Acinetobacter baumannii (MDRAB)は近隣諸国を含め海外では分離頻度が増加しており、院内感染の起因菌の一つとして警戒されている。しかしながら国内ではまだ稀な耐性菌であり、福岡でのMDRABの院内感染事例(本号6ページ)を機に徐々に認識されつつある新型の多剤耐性菌である。本報では、米国からの輸入事例と考えられる創部感染症より分離されたMDRABの主要な薬剤耐性機構について報告する。

患者は20代前半の男性で、入院3カ月前、留学先の米国で交通外傷のため現地の外傷センターで集中治療を受けていたが、開放性骨盤骨折の治療の目的で帰国後直ちに当センターへ入院した。2009年の入院直後に採取された鼠径部浸出液より純培養状にMDRABが検出された。本菌はminocycline投与後いったん検出されなくなったが、1カ月後に再度優位数検出され、除菌は困難であった。

分離株はimipenem(MIC>8μg/ml)、meropenem(MIC>16μg/ml)をはじめ、試験したすべてのβ-ラクタム薬に耐性であった。キノロン系薬のlevofloxacin(MIC>4μg/ml)とciprofloxacin(MIC>2μg/ml)に加え、gatifloxacin、moxifloxacin、tosfloxacin、sparfloxacin、sitafloxacinにもすべて耐性を示した。アミノグリコシド系薬に対しては、gentamicin(MIC>8μg/ml)、amikacin(MIC>32μg/ml)、tobramycin(MIC>8μg/ml)に耐性を示した。さらに、先の、韓国由来と考えられる福岡分離株がicepamicin感性であったのに対して、本菌は高度耐性を示していた。しかも、通常では、緑膿菌にも効果が期待されるが、現在、わが国ではMRSA感染症の治療薬としてのみ保険適用が認められているarbekacin(MIC>8μg/ml)に対しても「耐性」と判定され、その点において福岡や愛知(本号9ページ)での分離株と比べ、アミノグリコシド系抗菌薬に対し、より広範かつ高度耐性を獲得していた。一方、minocycline(MIC≦1μg/ml)、colistin、polymixin Bについては「感性」と判定された()。

MDRABの保有する主要な薬剤耐性遺伝子についてPCRによる検出および塩基配列解析を行った結果、β-ラクタマーゼ遺伝子としてbla ADCに加え、OXA型カルバペネマーゼ遺伝子bla OXA-23bla OXA-69を保有していたが、メタロ- β- ラクタマーゼ遺伝子は検出されなかった。また、bla OXA-69およびbla ADCの上流に挿入配列IS因子は検出されなかったが、bla OXA-23の上流には挿入配列ISAba1 が確認され、塩基配列も34bpスペーサーを含め既報のものと一致していた。ここでbla OXA-69を含むbla OXA-51-likeA. baumannii の染色体上に本質的にコードされているが、その上流にIS因子が存在しないため、これらの遺伝子は通常は発現していない。これに対してbla OXA-23の上流にあるISAba1 はβ-ラクタマーゼ遺伝子の発現を促進させるプロモーター配列の-10および-35領域を有することから、本MDRABにおいてはbla OXA-23がカルバペネム系薬耐性に、より強く関与している可能性が考えられた。

また、本MDRABはgentamicinとamikacinに加え、arbekacinに高度耐性であったが、16S rRNA methylase遺伝子のPCR検索の結果、米国等で報告されているMDRABの一部と同様に、アミノグリコシド系薬の高度耐性に関与するarmA が検出された。さらにDNAジャイレース(GyrA)とIV型トポイソメラーゼ(ParC)のキノロン耐性決定領域内におけるアミノ酸置換を調べた結果、GyrAにSer83Leu、ParCにSer80Leuの置換が確認された。この二つの置換はA. baumannii のキノロン高度耐性株において高頻度に認められる置換である。

I-Ceu1消化DNAに対しbla OXAbla ADCおよびarmA のプローブを用いサザンブロット解析を行った結果、これらの遺伝子が染色体上にコードされていることが確認された。

Multi locus sequence typing(MLST)には7種のハウスキーピング遺伝子gltA gyrB gdhB recA cpn60 gpi rpoD を用いたが、新規アレルタイプのgdhB およびgpi が見出され、ST-135(allelic profile 10-53-74-11-4-80-5)と付番された。このST(singleton)はEuropean clone IIをはじめ世界各国の分離株が含まれる優位なclonal complex 92のグループには属さず、オーストラリアの分離株で報告されているST-126(singleton)に最も近いものであった。

OXA型カルバペネマーゼ産生A. baumannii はカルバペネム系薬を含め多くの薬剤に耐性を示すが、事実として本報のMDRABは、16S rRNA methylase産生性を有し、GyrA、ParCにもアミノ酸置換が認められ、アミノグリコシド系およびキノロン系薬にも高度耐性であった。また、薬剤感受性試験で「感性」と判定されたminocyclineによる治療では、一時的には除菌に成功したように見えたものの、1カ月後に再度検出されるなど、静菌的抗菌薬であるminocyclineの効果は限定的であったと考えられる。なお、colistinやpolymixin Bにも感性と判定されたが、国内では、それらの注射用製剤は未承認である。

本事例ではMDRABを早期に見出し、迅速な対策により院内感染の防止に成功した。しかしながらMDRABについては本菌の環境への高い親和性と相俟って治療上の問題や院内感染への懸念、さらには国内への拡がりが危惧されることから、今後海外からの帰国事例も含め、MDRABの早期検出と院内感染対策の強化が図られるべきである。

国立感染症研究所細菌第二部
長野則之* 長野由紀子 外山雅美* 松井真理 荒川宜親
 (*船橋市立医療センター)

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