ロタウイルス感染症概要
わが国において、ノロウイルスに代表される冬季集団食中毒、感染性胃腸炎が11〜2月にかけてピークを迎えた後、乳幼児流行性胃腸炎のピークが立ち上がる。これがロタウイルス感染症流行のピークである。一般にロタウイルスは、乳幼児の急性重症胃腸炎の主な原因ウイルスとして知られている。感染経路は糞口感染である。ロタウイルス感染後、2〜4日の潜伏期間を経て下痢および嘔吐が発現し、その結果として重度の脱水症が数日間続くことがある。発熱および腹部不快感などもよく認められる。時に、合併症として痙攣、肝炎、腎炎、脳症、腸重積などが認められ、心筋炎などの致死的ロタウイルス感染症の報告も散見される。2004年に開発途上国でのロタウイルス感染症による死亡者は約52万7千人と推定されている。3歳までにほとんどの者が罹患しており、途上国では感染者の多くは1歳未満である。わが国では、就学前小児がロタウイルス感染症により、小児科外来を受診するリスクは約50%と推定され、総患者数は年間80万人に及び、感染者の15人に1人(78,000人ほど)が入院していると推定される。厚生労働省人口動態統計によると、ロタウイルス胃腸炎による死亡例が毎年数名報告されている。
ロタウイルスとは
ロタウイルスはレオウイルス科(family Reoviridae )のロタウイルス属(genus Rotavirus )に分類され、11分節の二重鎖RNA genomeを含む直径約100nmの正二十面体の粒子である。11本のゲノムRNAは容易に入れ替わりが可能であり、多数のリアソータントが出現する。図にロタウイルスの粒子構造と、11本のゲノム、コードされる蛋白質の機能を示した。ウイルス粒子を構成するVP蛋白質と粒子構成成分ではないウイルス蛋白質NSP群が存在する。粒子構成蛋白質にゲノムRNAの転写に関わるRNA dependent RNA polymerase活性や、その役割をサポートする機能を有する蛋白質が含まれているのがロタウイルスの特徴の一つである。ロタウイルス粒子は、外殻、内殻およびコア蛋白からなる特徴的な3重構造を持つ。エンベープは無い。サードレイヤーはVP4とVP7とからなり、それぞれの上にある中和抗原により、P(proteolytic cleavage)血清型とG(glycoprotein)血清型に分類される。セカンドレイヤーは、VP6から成り、VP6の抗原性の差異により、A〜G群に分類される。広く哺乳類に感染するが、ヒトへの感染が報告されたのはA、B、C群のみである。ロタウイルス感染患者糞便中には3重構造粒子と2重構造粒子が含まれている。3重構造粒子のみが感染性を持つ。
3種類のロタウイルスワクチン
RotaShield® :最初に実用化された第1世代ロタウイルスワクチン
サルロタウイルス(RRV株)を親株にし、3つのリアソータントウイルス(血清型G1、G2、G4)と親株自身(血清型G3)を混合した4価ワクチン。RotaShield® はフィンランド、米国、ベネズエラで行われた大規模な第III相フィールド試験で重症下痢症に対して80〜90%の有効率を示し、米国と欧州連合加盟国(EU)で認可された。RotaShield® は、ロタウイルスワクチンの目的が重症下痢症を予防することにあることを確立し、この目標を達成することが弱毒生ワクチンにより可能であることを示した。米国では発売から10カ月間でバースコホートの25%に相当する約100万人の乳児が投与を受けた。しかし、RotaShield® は、被接種者11,000人に1人と推定される腸重積症を副反応として起こす疑いにより市場から撤収された。ワクチン投与による腸重積の発症機序については、いまだ明確な結論が出ていない。
Rotarix® :単価の第2世代ワクチン
A群ロタウイルスG1P[8]の単価ワクチンである。ロタウイルス下痢症患者から分離したウイルスを弱毒化した生ワクチンとして開発された。腸重積症発症のリスクを臨床試験により否定し、2004年7月にメキシコで認可された。2007年3月時点で、EU諸国などを含む77カ国で承認されている。
現在までのフィールドでの試験では、血清型G1とG9のウイルス株が流行している状況下で、重症下痢症に対し85%、すべてのロタウイルス下痢症に対し72%の有効性を示すことが確認されている。
RotaTeq® :5価の第2世代ワクチン
A群ウシロタウイルスWC3株を親株にし、ロタウイルス感染防御に重要な中和抗体を誘導するため、ヒトロタウイルスのG1〜G4型のVP7遺伝子セグメント、P1[8]型のVP4遺伝子セグメントを持つ5種類のウシ−ヒトロタウイルスリアソータントを作製し、これを混合した5価のワクチンである。2007年3月時点で、47カ国で承認されている。
RotaTeq® はロタウイルス下痢症の発症を約70%、また重症下痢症をほぼ完全に予防するというフィールドでの試験の結果が得られている。
ロタウイルスワクチンの作用機序は明らかになっていない。しかし、ワクチン導入後のフィールドの疫学調査、ワクチンの臨床治験の結果から、中和抗体の惹起だけがワクチンの効果ではないことが示唆されている。ロタウイルスワクチン株が接種者の腸管で増殖すること、増殖に伴って発現されるウイルス蛋白質(VP7、VP4も含めたすべて)、それらに対する宿主の防御反応が複雑に関係し合い、ロタウイルス感染症の重篤化を阻止すると考えられている(本号6ページ)。
ワクチンは、将来にわたるロタウイルス感染を阻止することはできない。成人の約8割程度がロタウイルスの抗体を保有しているが、ロタウイルス感染が成立すること、そのほとんどが不顕性感染であることが明らかされている。ロタウイルス感染症における下痢症の発症、重篤化の機序はまだ完全に解明されておらず、全ゲノムセグメントの塩基配列情報を対象とした詳細な疫学調査、病原性の基礎研究がこれらの機序解明への扉を開ける可能性がある。また、基礎的な研究がロタウイルスの病原性発現機構を明らかにすることができれば、生ワクチンから、不活化ワクチン、コンポーネントワクチン、合成蛋白質によるワクチンなど、新しいワクチン開発も可能となる。
わが国における問題点
ロタウイルスワクチンは、生ワクチンである。ワクチンの作用機序、弱毒化のメカニズムが明らかにされていない状態で、世界的規模での投与が開始されている。ワクチン投与先行国では、ワクチン接種者より排泄されたワクチン株と野生株とのリアソータント出現や、ワクチン由来株によるロタウイルス感染症が報告され始めている。これらは、国家レベルでの充実したサーベイランスシステムが継続して機能しているからこそ導き出すことのできるデータである。
わが国におけるロタウイルスの研究者は、ワクチン先行諸国に比べて少ない。また、ロタウイルスのサーベイランスシステムも十分ではない。我々は、ロタウイルスワクチンの投与開始前に、国家レベルで早急に現行のシステムを拡充させ、ポリオウイルス等での経験を基に、生ワクチンの投与で激変が予測される野外流行株の変遷と、ワクチン株の環境への広がり、ワクチン株由来のリアソータントの出現などの監視体制を整える必要がある。
国立感染症研究所ウイルス第二部第一室 片山和彦