感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2010年
(Vol. 32 p. 141-143: 2011年5月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を3主徴とする症候群で、腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に引き続いて発症することが多い。2008年7月より国立感染症研究所感染症情報センターでは、感染症発生動向調査によって報告されたHUS発症例について、地方感染症情報センターや、各自治体感染症情報担当者に対して、随伴症状やHUS以外の合併症、転帰などの詳細な情報収集について協力を依頼してきた。さらに2010年より、HUS発症例を診断した臨床医に対し、患者の詳細な臨床症状・所見、併発した合併症、抗菌薬治療の有無および使用した抗菌薬名、透析治療の有無を、自治体を介して質問票へ記入し回答していただくよう依頼を開始した。2008、2009年のHUS発症例に関しては、過去に本誌で報告済である1,2) 。今回、2010年のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づき2010年(診断週が2010年第1〜52週)にはEHEC感染症は4,134例(うち有症状者2,719例:66%)の報告があり(2011年4月27日現在)、HUSの記載があったのは92例(有症状者のうち3.4%)で、2006年102例(同4.1%)、2007年129例(同4.2%)、2008年94例(同3.3%)、2009年83例(同3.2%)と比較すると、報告数および発症率は2008年と同様であった。性別は男性36例、女性56例で女性が多かった(1:1.6)。年齢は0〜91歳(中央値5歳)、年齢群別では0〜4歳が45例(HUS発症例全体の49%)と最も多く、5〜9歳15例(同16%)、10〜14歳6例(同6.5%)、15〜64歳13例(同14%)、65歳以上13例(同14%)であった。発症者の7割以上が15歳未満の小児であり、うち0〜4歳が報告の半数近くを占める傾向は、過去4年と同様であった。また、HUS発症率(2010年の全有症状者に占めるHUS発症例の割合)は、0〜4歳が7.2%で最も高く、次いで65歳以上が 4.9%、5〜9歳が 3.7%の順であった(図1)。

EHEC診断方法と分離菌
診断方法は、菌の分離が62例(67%)、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが28例(30%)、便からのVero毒素検出のみが2例(2.2%)であった。菌が分離された62例の血清群・毒素型をみると、O157・VT1&2が31例、O157・VT2が18例、O157・VT不明が6例、O121・VT2が2例、O26・VT1が1例、O111・VT1&2が1例、O145・VT2が1例、O不明・VT1&2が1例、O不明・VT不明が1例であった。O157が計55例で、全体の89%を占め、毒素型だけでみると、VT2を含んだ菌株が計54例で、全体の87%を占めた。

感染原因・感染経路
確定または推定として報告されている感染原因・感染経路には、例年「記載なし」または「不明」の報告が多い。2010年はHUS発症例のうち51例(55%)が「記載なし」または「不明」であり、経口感染が33例(36%)、接触感染が6例(6.5%)、動物・蚊・昆虫等からの感染との記載があるものが2例(2.2%)であった。経口感染33例中肉類の喫食が23例にあり、うち8例が生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)であった。生肉の喫食があった8例中6例は15歳未満の小児であった(0〜4歳5名、5〜9歳1名、15〜19歳2名)。接触感染の6例中3例は保育園内での感染、1例が患者(家族)との接触が報告されていた。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)
EHEC感染症発生届出票は、主な症状項目を選択する様式となっており、届出時に選択された臨床症状については、昨年と同様に血便、腹痛の出現率が高く報告されていた(血便86%、腹痛74%)。

一方、臨床医への問い合わせにより詳細な情報を収集できた56例(回収率:56/92=61%)の症状をみると、下痢(血性でない1日3回以上の軟便または泥状便または水様便)51例(91%)、血性下痢49例(88%)、急性貧血47例(84%)、血小板減少(5万/μl未満)42例(75%)、血小板減少(5〜10万/μl)10例(18%)、血尿46例(82%)、蛋白尿48例(86%)、クレアチニン値上昇43例(77%)であった(図2)。また、HUSの合併症として31例(31/56=55%)に報告があり、多い順に発熱(38℃以上)27例(87%)、意識障害13例(42%)、高血圧9例(29%)、痙攣6例(19%)、脳症6例(19%)などが報告された。

治療に関しては、56例のうち46例(46/56=82%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用されており、10例(10/56=18%)では全く抗菌薬が使用されていなかった。種類別にみると、ホスホマイシンが36例(36/46=78%)で最も多く使用されていた。また透析に関しては、25例(25/56=45%)で実施されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後については、66例(回収率:66/92=72%)から回答が得られ、軽快・治癒45例(68%)、通院治療中8例(12%)、入院中4例(6.1%)、後遺症あり2例(3.0%;腎性高血圧1、腎機能障害1)、不明4例(6.1%)で、死亡が3例(4.5%;2歳男性、60代女性、70代男性)報告された。

考 察
2010年のEHEC感染症の有症状者におけるHUSの発症率は、2008、2009年とほぼ同等の3.4%であった。しかし年齢群別にみると、0〜4歳が7.2%で過去2年(2008年6.9%、2009年5.5%)よりも高く、従来3%未満であった65歳以上の発症率が4.9%に増加し、HUS発症例数も13例で、統計学的な有意差は見られなかったが(P=0.097;Pearsonχ2検定)、過去2年の5、6例から2倍に増加したことが特徴的であった。

現在の感染症発生動向調査では、HUSの発症は症状欄の選択肢の一つとしては把握されている。しかしHUS発症の定義は示されておらず、診断した臨床医の判断に委ねられている。それゆえ、HUS発症例の正確な情報把握を目的として、2010年から診断した臨床医に対し、臨床経過に関する情報を収集し始めた。治療については、西欧諸国ではHUS発症リスクを高める可能性があるとして、EHEC感染症に抗菌薬を使用すべきではないとされているが3) 、日本ではHUS発症例の約8割に抗菌薬が使用されていた。転帰については、届出から最低1カ月が経過した時点で68%の症例が軽快・治癒していたものの、18%は治療継続中であり、HUS発症後の死亡も3例確認された(2008年5例、2009年0例)。抗菌薬の使用別に軽快・治癒の割合を比較すると、「使用あり」が67%、「使用なし」が60%で、大きな差は見られなかった(P=0.720;Fisherの正確確率検定)。国内でのHUS発症例の長期的な予後については不明だが、外国で行われている追跡調査では、3年後のHUS再燃率が10%との報告もある4) (本号26ページ参照)。

報告されているHUS発症例数は、過小評価と推測されることは過去に述べてきたが、その制約下でも性比や年齢分布、病原菌の血清型などの傾向は把握されるようになった1,2) 。今後は、HUS等の重篤化に関連する因子を明らかにするために、感染原因・感染経路の解明とともに、EHEC感染症の治療として使用される抗菌薬の種類や投与時期等の詳細な解析も必要である。また他の合併症の発生や、後遺症や転帰など長期的な予後の実態把握も重要である。そのためにも、全国の地方感染症情報センター、保健所の感染症担当者、届出医の方々に対して、EHEC感染症報告後のHUS発症や追加調査への回答を、それぞれ引き続きご協力をお願いしたい。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

 参考文献
1)齊藤剛仁,他, IASR 30: 122-123, 2009
2)古宮伸洋,他, IASR 31: 170-172, 2010
3) Tarr PI, et al ., Lancet 365: 1073-1086, 2005
4) Pollock KGB, et al ., HPS Weekly Report 44: 95-97, 2010

国立感染症研究所感染症情報センター
(担当:齊藤剛仁 島田智恵 砂川富正 石川貴敏 多田有希)

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