2.ライム病の一般的臨床所見と自験ライム病のECM
ライム病の症状は早期(I、II期)、後期(III期)に大別され、以下に概説する。
I期(局在期):ECMはマダニ刺咬部から紅斑性丘疹で始まり、周辺に紅斑が拡大する。易疲労感、発熱、筋肉痛、頚部痛などの症状を伴ったり、関節痛、リンパ節腫脹もみられることがあり、約4週間続く。
II期(播種期):ECMが多発性にみられたり(二次性遊走性紅斑)、皮膚リンパ球腫、循環器症状としてA-V blockや心膜炎などが稀にみられる。また、顔面神経麻痺、神経根炎、髄膜炎などもみられ、数週間〜数カ月続く。
III 期(慢性期):数カ月〜数年にわたり、ACA、慢性の髄膜炎、視神経委縮、大関節の腫脹と疼痛を伴った慢性関節炎がみられる。
これらI〜III期の症状が順番に出現せずに、いきなりII期の症状(顔面神経麻痺)が発症することもあるが、後に詳細な病歴をとるとECMの存在していたことが発覚することもある。欧米でもECMの出現頻度は当初は50〜70%といわれていたが、患者教育とライム病の診断を厳格化することで、その頻度は90%に達するといわれている。また、自験例では後に述べるようにECM主体の皮膚症状(I期)でとどまる症例が多い。以下にECMの臨床像を述べる。
ECMはマダニ刺咬後、数日〜1カ月後に刺咬部を中心に丘疹状紅斑で始まり、急速に拡大して環状になり、径10cm以上になる。典型的なものでは「bull's eye」と表現されるring-shaped erythema(環状紅斑)が多く、homogeneous erythema(均一紅斑)も頻度が高い。稀に紅斑が紫斑状になり、hemorrhagic erythema(出血性紅斑)になることもある。稀に浮腫性紅斑で、小水疱、膿疱を伴い蜂窩織炎様2) の臨床像も呈する。さらに径1〜2cm程度のatypical stationary erythemaも稀に存在する。ふつう自覚症状は強くないが、掻痒感、灼熱感も伴う。自験113例では環状紅斑が72例(64%)、均一紅斑が36例(32%)であった。ダニ刺咬部は多くは硬結、時に壊死、痂皮を伴う。皮膚外症状としてはECMに伴って発熱、全身倦怠感、頚部痛、筋肉痛、ダニ刺咬部の近くの関節痛、リンパ節腫脹がみられる。本邦では5%以下に顔面神経麻痺などの神経症状がみられると推定される。
3.自験ライム病113例の特徴
本邦では1987年に長野で1例目が報告3) されて以来、主に北海道、本州中部以北で200例以上の確実例の存在が推定される。発症地域が限られる理由は、起因菌ボレリア(B. burgdorferi sensu lato)を保有するマダニが現時点ではシュルツェマダニに限られ、このマダニは本州では標高1,000m以上の山岳地帯および、北海道などの寒冷地域に生息するためと推定される。シュルツェマダニのすべてがB. burgdorferi sensu latoを有しているわけではなく、15〜22%の保有率である。本邦症例はマダニ刺咬の既往を患者が記憶していることが多いが、欧米ではマダニ刺咬の既往歴は1/3程度である。これは欧米ではサイズの小さな若虫による刺咬が多く、患者が気づかないのに対して、わが国のシュルツェマダニの刺咬はほとんどが成虫によるため、吸血によりかなり大きなサイズになり、患者が認識しやすいためと推定される。
ライム病がマダニ刺咬症のうちどのくらいの頻度で発症するかは不明であったが、1995〜2000年の6年間に北海道の道北道東地方の関連病院を中心に我々が集積したマダニ刺咬症4) は700例あり、そのうちECMが発症し、ボレリア培養陽性あるいは血清抗体陽性のライム病確実例が56例(8.0%)であることから、ボレリア汚染地域においてもライム病が発症する頻度はマダニ刺咬症の10%未満と推定される。我々は1989年に1例目5) のライム病を報告して以来、前述したごとく2004年までに113例の確実例を集積し、そのうち52例はBSKII培地を用いて、皮疹部からのボレリア分離培養6,7) に本邦で初めて成功した。
本症の生命予後は良好であり、北海道のライム病はECMに代表される皮膚症状が主体で、第II期以後の出現頻度も9例(8.0%)と、欧米に比べ低い。また、発熱、全身倦怠感などの全身症状の出現頻度もそれぞれ29例(26%)、11例(9.7%)と低く、抗菌薬に対する反応も良好で、一般に軽症例が多い。また、欧米の第III期にみられるような慢性のリウマチ様関節炎を呈した症例はなく、一過性の関節痛が22例(19%)に認められた。これらの関節痛は治療に対する反応もよく、ECMの消褪とともに症状が消失する。ただし、1999年に胸鎖関節炎の合併を整形外科医によって診断されたIII期の確実例も道東で発生した。顔面神経麻痺が3例8-10) (2.7%)にみられ、髄膜炎9) も認められた。また稀ではあるが、治療に伴うJarisch-Herxheimer反応11) が生じることも留意すべきである。また、最近ではかなりの肝障害がみられた症例もあり、この症例では担当の内科医もライム病関連の肝炎を疑っている(本号6ページ参照)。
北海道に代表される本邦のライム病が概して軽症である原因は、ボレリアそのものの病原性の違いや、人種的遺伝的違い、抗菌薬を早期に使用する医療状況、vectorであるマダニの違いなど、複数の要因が関与していると推定される。他方、世界的にみると、慢性期ライム病では、抗菌薬による治療後も年余にわたって、倦怠感、全身の筋肉痛、知覚異常、言語の記憶力低下などの神経症状が継続することが知られ、急性期症状から引き続き生じる鬱症状との鑑別が以前から問題になっていた。これについて最近は症例の集積がなされて、meta-analysis の結果12) 、2006年のISDA(Infectious Disease Society of America)のガイドラインではpost-Lyme disease syndrome(PLDS)が提唱されている。PLDSの治療については抗菌薬の追加投与が有効か否かのcontrolled trialがなされて、プラセボと有意差がない結果となった。したがって、このような症例を経験した場合は、適切な抗菌薬による治療を1コースのみ追加して行い(エビデンスがないことを念頭に入れて)、その後は対症療法(たとえばアミトリプチリン・商品名トリプタノール)などが推奨されている。我々は適切な治療後も軽度の倦怠感、マダニ刺咬部位近くの神経知覚障害、関節痛が持続するPLDSと思われる症例を1例経験したので報告する。
4.症例報告
症例:41歳、男性
初診:2006年10月20日
主訴:左下肢のしびれ、索状硬結、倦怠感、眩暈、動悸
現病歴:2006年6月8日、上ノ国町の山で左下腿をマダニ刺症。自分で抜去した。9月中旬から同部位に浸潤性紅斑出現し、拡大するため札幌医大皮膚科初診し、血清ウエスタンブロットにてB. garinii 抗体がIgG、IgMともに陽性でライム病と診断され、ミノサイクリン投与をうけた。紅斑は消退したが、主訴の訴えが残り、当科を初診した。2週間テトラサイクリンの内服でも軽快せず、集中力低下、倦怠感が強く、入院治療を希望したため、2006年11月9日当科に入院治療となった。
現症:左下肢に淡褐色の約1cmの硬結(マダニ刺咬部)とその上方に静脈に沿って淡い紅斑が認められた。
入院時検査所見:血液生化学所見はWBC 5,700、Hb 13.7、PLT 23.5万、CRP 0.37、RF 3.4、ASO 18、ALP 263 、 CH50 53.1、AST 18、 ALT 10、LDH 171、BUN 11.9、CRE 0.94、CPK 185と異常なく、ボレリア抗体0.42(EIA)、心電図、心エコー異常なし、HLA検索はHLA A2、A33、B61、B44、DR9、DR13。
臨床経過:PLDSまたは慢性期ライム病を考え、セフトリアキソン2g/日の点滴を4週間継続した。下肢の索状硬結は改善し、動悸もみられなくなった。しかし、倦怠感と下肢の鈍痛が持続した。退院後はEBM がないことを説明の上、ドキシサイクリン内服を開始した。1カ月後から倦怠感、下肢の鈍痛、集中力低下も改善。本人の希望もあり、さらに1カ月内服して治療中止した(2007.3.16)。仕事への意欲も出て、4月から復帰するという。その後、2カ月に1回経過を見せにくるが、元気である(2008.1.18終診)。経過を通じてアミトリプチリンは使用しなかった。
参考文献
1)橋本喜夫、飯塚 一、MB Derma 114: 46-53, 2006
2)Kawagishi N, et al ., Dermatology 197: 386-387, 1998
3)馬場俊一、他、日皮会誌 97: 1133-1135, 1987
4)橋本喜夫、他、日皮会誌 112: 1467-1473, 2002
5)橋本喜夫、他、臨皮 43: 1097-1100, 1989
6)川岸尚子、他、日皮会誌 102: 491-495, 1992
7)Hashimoto Y, et al ., Dermatology 191: 193-198, 1995
8)坂井博之、他、日皮会誌 103: 1895-1899, 1993
9)Hashimoto Y, et al ., Br J Dermatol 138: 304-309,1998
10)山田由美子、他、 臨皮 57: 1052-1055, 2003
11)橋本喜夫、Visual Derm 4: 156-157, 2005
12)Cairns V, Godwin J, Int J Epidermology 34: 1340-1345, 2005
JA旭川厚生病院皮膚科 橋本喜夫