平成23年度(2011/12シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
(Vol. 32 p. 326-328: 2011年11月号)

1.ワクチン株決定の手続き
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)が検討し、これに基づいて厚生労働省が決定・通達している。感染研では、全国76カ所の地方衛生研究所と感染研、厚生労働省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた国内の流行状況、および約12,000株に及ぶ国内分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績、さらに周辺諸国から送付されたウイルス株の解析結果およびWHO世界インフルエンザ監視対応システム(GISRS)を介した世界各地の情報などに基づいて、次年度シーズンの流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択した。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討した。年が明けた1月下旬〜3月上旬にかけて、3回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」が開催され、上記の成績、および最新の流行株の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行った。さらにWHOにより2月中旬に出される北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、3月上旬までに次シーズンのワクチン株を選定した。感染研はこれを厚生労働省健康局長に報告し、それに基づいて厚生労働省医薬食品局長が決定して5月2日に公布された。

本稿に記載したウイルス株分析情報は、ワクチン株が選定された2011年3月までの成績に基づいており、それ以後の最新の分析情報は、総括記事「2010/11シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号4ページ)を参照されたい。

2.ワクチン株構成およびワクチン株
2010/11インフルエンザシーズンは、A(H1N1)pdm09パンデミック発生から2シーズン目であり、流行パターンは国内外とも通常の季節性インフルエンザシーズン並みに戻った。わが国での流行パターンは2006/07シーズンと似ており、ピークは第4週に見られ、規模も中程度であった。分離株の内訳は、分離総数8,014株の64%をA(H1N1)pdm09ウイルスが占め、A(H3N2)株は30%、B型は6%であった。旧A(H1N1) (ソ連型)ウイルスは、わが国では2009/10シーズン以降は全く分離されていない。諸外国においても同様の傾向で、旧A(H1N1) ウイルスは2月時点では5カ国(中国、マレーシア、チュニジア、ロシア、米国)から総数6株が分離されたのみで、世界中から消滅する傾向にあった。2010/11シーズンは国内外ともにA(H1N1)pdm09ウイルスの流行が主流であったが、A(H3N2)、B型ウイルスも混合流行していた。従って、来シーズンもA(H1N1) pdm09、A(H3N2)およびB型ウイルスによる混合流行が予想された。

B型ウイルスは1980年代後半から抗原的にも遺伝系統的にも異なる2つのグループ(山形系統およびビクトリア系統)に分岐している。2010/11シーズンでは、中国北部や北欧諸国などの一部では山形系統が主流であった地域もあったが、わが国を含む多くの北半球諸国ではビクトリア系統がB型の主流であったことから、ワクチン株はビクトリア系統から選択することが妥当と判断された。

従って、今冬(2011/12シーズン)の北半球用ワクチン株は前シーズンと同様に、A(H1N1)pdm09、A(H3N2)よびB型ビクトリア系統の3価ワクチンがWHOから推奨され、わが国も平成22(2010)年度と同様にこれら3株からなる3価ワクチンとすることが妥当であると結論づけられた。

ワクチン株
  A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm09
  A/ビクトリア/210/2009(H3N2)
  B/ブリスベン/60/2008(ビクトリア系統)

3.ワクチン株選定理由
3-1)A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm09
2010/11シーズンの初期は、A(H3N2)ウイルスよる流行が主流であったが、2010年第49週以降はA(H1N1)pdm09が主流となり、現時点までに国内では5,123株が分離された。これらの分離ウイルスは、遺伝的に、赤血球凝集素(HA)タンパクにおける3カ所のアミノ酸置換(S185T、N125TおよびA134T+S182P)をそれぞれ共通にもつ3つのクレードに分類されるが、クレード間での抗原性に違いは無く、分離株の94%はワクチン株A/カリフォルニア/7/2009に類似していた。少数ながら分離された抗原変異株は、HAタンパクの155番目のアミノ酸に置換(G155Eまたは155G/E混合)があったが、赤血球凝集抑制(HI)試験で8倍以上抗原性が大きく変異した株は無かった。海外のWHO協力センターからの報告も同様で、変異株はほとんど検出されていない。一方、A/カリフォルニア/7/2009ワクチン接種後のヒト血清は、最近の流行株をよく抑えることから、A/カリフォルニア/7/2009によるワクチン効果が期待できた。以上から、2011/12シーズン北半球ワクチン株としてA/カリフォルニア/7/2009類似株がWHOから推奨された。

A/カリフォルニア/7/2009ワクチン製造用の高増殖株X-179Aは、国内のワクチン製造4社において、増殖性、抗原性、蛋白収量について検討され、抗原的に安定しており、製造効率も良好であることが確認された。また平成22年度のワクチン製造に本株を使用してワクチン製造が行われたという実績を持つ。

以上から、2011/12シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として、昨シーズンと同様のA/カリフォルニア/7/2009株が選定された。

3-2)A/ビクトリア/210/2009(H3N2)
A(H3N2)亜型ウイルスの国内分離報告は2,436株で、シーズンを通して分離され続けた。本亜型ウイルスは、HA遺伝子の系統樹では、A/パース/16/2009株およびA/ビクトリア/210/2009株で代表されるA/パース/16クレードと、A/ビクトリア/208/2009株およびA/ブリスベン/11/2010株で代表されるA/ビクトリア/208クレードの2つのグループに大別された。これら2つのクレードは、抗原的には互いに区別されず、いずれもワクチン株A/パース/16/2009に類似していた。世界的には、A/ビクトリア/208クレードに分類される分離株が主流であるが、わが国では両方のクレードに入る分離株がシーズンを通して一定の割合で分離された。国内分離株について抗原性解析をした結果、分離株の86%はWHOのワクチン推奨株A/パース/16/2009および昨シーズンの国内ワクチン株A/ビクトリア/210/2009(A/パース/16/2009類似株)に類似しており、HI試験で4倍の変化を示した株が少数分離されているものの、それ以上の大きな抗原性変異株は分離されなかった。海外のWHO協力センターにおいてもA/パース/16/2009類似株が96〜99%を占め、国内外ともにワクチン類似株が流行の主流を占める状況は、昨シーズンから変わらなかった。

わが国では平成22年度のA(H3N2)亜型のワクチン製造には、孵化鶏卵での増殖性が良好なA/ビクトリア/210/2009から開発した高増殖株X-187が採用された。この製造株に対するフェレット感染抗血清を用いてA/パース/16/2009類似の流行株との交叉反応性をHI試験で調べたところ、抗X-187血清は、最近の流行株との反応性がかなり低下することが確認された。米国および英国WHO協力センターからも同様の成績が示されており、X-187株で製造したワクチンは流行株をあまり抑えない可能性が示唆された。一方、A/パース/16/2009類似株であるA/ブリスベン/11/2010から開発された高増殖株X-197に対するフェレット感染抗血清は、その原株と同様に流行株をよく抑えたことから、ワクチン効果はX-187よりも高い可能性が示された。

そこで、A/ビクトリア/210/2009(X-187)を含む昨シーズンのワクチン接種後のヒト血清抗体を用いて、最近の流行株に対する反応性を検討した。この際、発育鶏卵分離株および流行株の抗原性をより反映しているMDCK細胞分離株との交叉反応性を、HI試験で測定し、参照株A/パース/16/2009に対する幾何平均抗体価(GMT)を基準にして評価した。その結果、X-187ワクチン接種で誘導されたヒトの血清抗体は、卵分離株にはよく反応するが、MDCK細胞分離株に対してはGMTで50%程度であり、交叉反応性が多少低下していることが示された。そこで、同様の交叉反応性を中和試験で評価したところ、MDCK細胞分離の代表株であるA/秋田/10/2010やA/沖縄/72/2010株とよく反応することが分かり、X-187ワクチンの効果は期待できると判断された。

一方、MDCK細胞分離株ともよく反応する別のワクチン候補株A/ブリスベン/11/2010(X-197)を検討したところ、発育鶏卵で9代継代しても増殖性およびウイルス収量が非常に悪く、これ以上継代しても製造効率が上昇する可能性が低いと判断された。さらに、X-197の卵馴化をこれ以上繰り返すと抗原性変異が起こってしまう可能性が危惧された。また、増殖性の悪い製造株でワクチン製造すると、総タンパク量240μg以下との生物製剤基準の規定に抵触する可能性があり、純度が低下して副反応のリスクが上がる可能性もあった。さらに、発育鶏卵供給量の限界から、X-197では必要量のワクチンを期限内に製造できない可能性が予測された。

以上の解析結果および問題点を総合的に判断して、2011/12シーズンのA(H3N2)亜型ワクチン株は、A/ビクトリア/210/2009高増殖株X-187を選択することとした。

3-3)B/ブリスベン/60/2008
2010/11シーズンの国内におけるB型インフルエンザの流行規模はシーズンを通して小さかった。今シーズンのB型流行株は、山形系統が5%、ビクトリア系統が95%という比率であったことから、平成23年度のB型ワクチンは、WHOの推奨どおりビクトリア系統から選択するのが妥当との結論に至った。ビクトリア系統分離株について抗原解析を行った結果、前シーズンのワクチン株B/ブリスベン/60/2008類似株が86%を占め、HI試験で8倍以上反応性が変化した株は10%程度にとどまった。また、HA遺伝子の系統樹解析でも、流行株のほとんどはワクチン株B/ブリスベン/60/2008のクレードに分類され、変異株として区別されるB/台湾/55クレードに入る株は、散発的に分離される程度であった。欧米諸国からの成績も同様で、B/ブリスベン/60/2008類似株が世界的に主流を占め、その流行状況は前シーズンから変化していないことから、WHOは昨シーズンと同様にB/ブリスベン/60/2008類似株を推奨した。

ワクチン接種前のビクトリア系統のB/ブリスベン/60/2008株に対する抗体保有状況調査では、30〜49歳代で40〜50%がHI価40倍以上の抗体を保有しており、全体的にも抗体保有率は上がってきているものの、A型ワクチンに比べると低かった。このことから、ビクトリア系統のB/ブリスベン/60/2008株ワクチンによる免疫強化の必要性が示唆された。

B/ブリスベン/60/2008ワクチン製造株に対するフェレット感染抗血清は、HI試験ではMDCK細胞分離株との反応性が著しく低い。これは上述のA(H3N2) X-187ワクチン株に対するフェレット感染抗血清でみられた成績と類似していた。そこで、B/ブリスベン/60/2008ワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との交叉反応性を評価した。その結果、ヒト血清抗体は、MDCK細胞分離のB型流行株と低いながらも比較的よく反応することが示された。さらに、B/ブリスベン/60/2008ワクチン株は、昨年度にワクチン製造の実績があり、海外で開発されている高増殖株より製造効率は良好であった。

以上のことから、2011/12シーズンのB型ワクチンにはビクトリア系統のB/ブリスベン/60/2008を選定した。

今回のワクチン製造株の選定にあたっては、昨シーズンに流行したA(H3N2)およびB型ウイルス株については、発育鶏卵分離ウイルスとMDCK細胞分離ウイルスの抗原性が異なるために、ワクチン接種者の血清抗体の評価については、HI試験では必ずしも正確な評価をすることが難しいことが示された。この新たな問題の解決が、今後のワクチン株選定における課題となっている。

国立感染症研究所
インフルエンザワクチン株選定会議事務局
インフルエンザウイルス研究センター
小田切孝人 田代眞人

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