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Vol.1 (1980/11[009])

<解説>
東南アジアにおけるクロラムフェニコール耐性チフス菌の分離状況


 クロラムフェニコール(CP)耐性チフスの問題が世界的にクローズアップされるようになったのは,1972年から1973年にかけてメキシコで発生した1万人を越す腸チフス流行の原因菌がクロラムフェニコール耐性であったことに端を発している。本菌による流行はメキシコ国内にとどまらず,当時メキシコを訪れたアメリカ・イギリスなどの旅行者が帰国後発病する例が相ついだが,流行菌が同一ファージ型(A degraded),同一R因子(CP・TC・SM・SA耐性,不和合性群H1)をもつことが判明し,感染経路の究明に威力を発揮した。

 その後,1972年〜1974年に南ベトナムおよびタイで分離されたチフス菌を調べた結果,CP耐性菌がみつかり,しかもR因子の型はメキシコにおけるそれと一致しているがファージ型は多岐にわたっていることが報告された(E.S.Anderson 1975)。

 以上の状況をふまえ,東南アジア地域の耐性チフス菌の発生状況を常時把握しておくことは国際的にも重要であるとの認識のもとに,わが国の「東南アジア医療情報センター(SEAMIC)」では,1976年以降,腸チフス・パラチフスに関するデータ交換を事業の中心に据えてきた。つまり,東南アジア各地で分離されたチフス菌,パラチフス菌について,ファージ型別と薬剤感受性試験を行い,その結果を実験室情報として疫学および防疫活動のための資料にしようとするものである。このプロジェクトに参加している国はフィリピン,シンガポール,マレイシア,インドネシア,タイおよび日本の6か国で,これら各国で分離された菌は日本に送付され,ファージ型別を予研ファージ型別室で,薬剤感受性試験を東京都立衛生研究所で実施してきた。

 1976年1月から1980年6月までに送付された約6000株についてCP耐性菌の出現頻度を比べたところ(表),CP耐性菌の出現はタイできわだって多く,タイで分離されたチフス菌の32%にもおよんでいることが判明した。

タイにおけるCP耐性菌の殆どが,CP・TC・SMおよびCP・TC・SM・ABPCのパターンを示し,前者はファージ型53に,後者はファージ型D1に多いことも判明した。

 タイについでCP耐性菌の出現が多くみられたのはインドネシアであるが,頻度は1.4%にすぎない。しかし1979年まではCP耐性の出現頻度は1%内外であったのが1980年(但し6月まで)には2%と,漸増傾向にある。この国で分離されたCP耐性チフス菌はすべて既存のファージ型に該当しないいわゆる型別不能に属しているが,この国で分離されるチフス菌の約半数が型別不能であることから,インドネシアでの流行菌にR因子の感染が起ったものと推察される。R因子は多剤耐性が主流を占めていた。

 マレイシアにおけるCP耐性菌5株の中4株はABPCを含む多剤耐性であることが判明したが,ファージ型はA degraded,E1および型別不能と多岐にわたっていた。

 シンガポールにおける1株は外国からの輸入例であり,日本における2株は治療中に耐性化したと思われる回復期患者からの分離例であり,フィリピンとともにこれらの国ではCP耐性チフスの流行にはまだ遭遇していないと思われる。

パラチフスAのCP耐性菌はインドネシアで分離をみているが,他の各国には出現していない。一方,パラチフスBのCP耐性菌はわが国を始め,他の国々でもみられており,耐性サルモネラの増加と相まって今後の注意が必要となろう。

 東南アジア各国で分離された耐性菌について,耐性の伝達性を試験したところ,多剤耐性菌ではほとんどの株に伝達性がみられた。また一部の株について不和合性群別を行ったところ,しらべた限りではH群に属していることも判明している。



予研細菌一部 中村 明子


CP−耐性チフス菌・パラチフス菌の出現頻度





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