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Polio,CoxsackieA群(CA),同B群(CB),Echo,Reo,Adenoなど腸管系諸ウイルスの感染は臨床的に不顕性の経過を辿ることが多く,また発病者の病像は多彩であるばかりでなく,病像と感染ウイルスの種類・型別の対応が複雑に絡み合っているので,患者発生の動向調査によって感染流行状況を明らかにすることができない。そのためには実験室の検査が必要である。
膨大な地域住民を調査対象として予定のプランに従って理想的に個人標本を採集することは非常に難しく,集められる標本の数も多くなるので検査室の負担も大きくなる。
実現性があり,調査対象住民における感染流行実態を正確に把握できる標本の選定や検索方法が改めて検討されることになる。
感染者は発病の有無とは関係なく感染後の短期間,排便と共に大量のウイルスを排泄する。排出ウイルスは水洗便所などを介して下水など水系に流れ込むので,都市下水から腸管系の諸ウイルスが容易に検出できる。下水には住民ほぼ全員の排便が流入すると考えられるので,下水検体はプール検体ではあるがサンプリング時の偏りは小さくなる。そこで下水のウイルスを調べ,背景である地域住民の感染流行実態を探ってゆこうとする調査方法の発想が出てくる。
我々は1967年6月以降,毎月1回定期的に都内数地点の下水処理場で下水検体を採取して,FL,HeLa,Hep 2,Vero,BGMなど数種類の培養細胞系に接種培養してウイルス検索をつづけてきた。
1979年12月までに採取した下水検体2304件から総計1241株,22種以上の腸管系諸ウイルスを検出した。調査年次別のウイルス検出状況を表1に示した。
各年次の最高率検出ウイルス(流行主役ウイルス)の種類はほとんど毎年変遷した。CBウイルスでは次年の流行主役ウイルス種類を予告するかのようにその前年に該当ウィルスが単発的に検出されたことが多かった。
ウイルス検出率の年次変遷推移を探ると,CB型ウイルスは1969年と79年が,CB3型は70年と77年が,CB4型は70,73,76,79年が,CB5型は68,73,78年が,またEcho11型は71,77年が高率になっており,都民の間で上記各ウイルスの感染流行はかなりはっきりした周期で発生していたことが解明できた。この流行周期を将来の流行予測に利用するためには過去において上記の流行周期を作り上げてきた背景各要因との関連を探ることが必要である。この種の課題は実証的に究明するのに限界があって,シミレーション的な解析は参考になるはずである。
次は月別のウイルス検出率消長から各ウイルスの感染流行好発季節を解析した。CoxsackieとEchoの各型ウイルスは主として夏季に,Adeno各型ウイルスは主として冬季に検出率が多くなっていて,それぞれの対応季節が流行好発期であると考えられた。
Polio各型ウイルスは毎年定期的に行われている春秋両期の乳児への生ワクチン一斉投与を反映して春と秋に高率に検出された。
下水検体(2304件),健康児糞便(1162件)および急性上記道炎患児咽頭ぬぐい(1620件)から検出した腸管系ウイルスの主な種類を年次対応で比較すると(表2),3者の間にかなりの一致性がみられた。
上記成績の詳細な比較は理論的に無理がある。児童検体はいずれも独立した個人検体であり,下水はプール検体であることからくる制約があるからである。下水検体では含有する各ウイルスをそれぞれ定量的に測定し,感染者の排出平均ウイルス量などを考慮に入れながら母集団の流行状況を解析すべきであろう。
異った5団地における下水のウイルス検索を行って,その対比からウイルス検出率は住民の年令構成と大いに関連のあることを知った。すなわち3才以下の幼児の構成比率が大きかった団地ほど検出率は高率であった。これは健康児糞便からの年令別ウイルス検出率が3才以下で特に高値であった調査結果ともよく符合した。
今後の下水ウイルス研究は検索結果から下水を排出した地域住民における感染流行実態を解明するばかりでなく,下水は地下水,河川や湾水などに連る自然界における水系循環の一場面であるという考えをもち検討されるべきであろう。
東京都立衛生研究所 岩崎 謙二
表1.都内定地点で採取した下水検体からのウイルス検索成績
表2.下水および児童検体からの主な検出ウイルス種類対比
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