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微生物検査情報のシステム化に関する本研究班が活動を開始してから3年目に入った。この間,全国各地方衛生研究所の関係者の御協力と予研の担当者の御尽力によって病原微生物の検出情報が収集され,その集計が1980年1月以降月報の形式で発行されてきた。また1979年の集計結果は「病原微生物検出情報年報 1979年」として最近関係者のお手もとに配布されたところである。
一方,厚生省では本年7月から国の補助事業の一つとして「感染症サーベランス事業」を発足させることを決定し,目下その準備が急がれている。この事業の内容には病原体の分離等検査室由来情報を収集することも含まれていることから,情報システム化に関する本研究班の活動との関係を明確にしてほしいという要望がいくつかの地研から寄せられている。そこで本研究班の実行委員会と上記厚生省事業の中央感染症情報対策委員会とに名を連ねるものとして,両者の関連について説明し,今後の構想について多少の見解を述べる。
本研究班の活動の目的については,実施に先立って地研情報連絡担当班員によって各地区ごとに説明会が開催されているので,今さら多言を必要としないと思うが,前記1979年の年報にも記載されているように,この種の情報活動を近い将来行政組織の中に移行させ恒久的なものにしたいという強力な意図が秘められていた。これが時宜を得て,厚生省の感染症問題に対する新しい取り組みと連携することにより,早くも具体化されうるようになったと理解してよいであろう。或いは,感染症サーベイランス事業のうち病原体情報部門の運用のトライアルを本研究班が担当したと解釈できるかも知れない。
感染症サーベイランス事業は,従来発生状況の把握等が充分でなかった感染症を対象として,これに対する地域的及び全国的な監視体制を整備し,流行の実態を早期かつ適確に把握,その情報を速かに関係者に還元してプライマリーケアや予防措置に役立てようとするものである。実施に当たっては国と都道府県・指定都市とが責任を分担する。対象疾病としては,(1)麻しん様疾患,(2)風しん,(3)水痘,(4)流行性耳下腺炎,(5)百日せき様疾患,(6)溶連菌感染症,(7)異型肺炎,(8)乳児嘔吐下痢症,(9)その他の感染症下痢症,(10)手足口病,(11)伝染性紅斑,(12)突発性発しん,(13)ヘルパンギーナ,(14)咽頭結膜熱,(15)流行性角結膜炎,(16)急性出血性結膜炎,(17)髄膜炎,(18)脳・脊髄炎が選ばれている。この中で診断のために病原体の検査が指定されているのは(5)以下(但し,(11),(12)は除く)である。
患者の発生状況の把握には,各都道府県・指定都市にそれぞれの人口及び医療機関の分布を勘案した数の患者定点医療機関が設けられ,患者数が週報として地方感染症情報センター(都道府県・指定都市の防疫担当主管課)へ,次いで中央感染症情報センター(厚生省保健情報課)へ集められる。情報がそれぞれのレベルで編集・分析されて関係者に還元されるのは勿論である。
また,病原体の検出状況からより詳細な情報をうるため,患者定点の約30%の数の検査定点が選定され,そこで採取された材料の検査が主として地方衛生研究所で実施される。検査結果は検査定点と地方情報センターへ通知されると同時に,地方衛生研究所から国立予防衛生研究所へ通報され,そこで編集・分析されて還元される。この検査情報の部分が本研究班で実施してきた活動に相当するわけである。もっとも,サーベイランス事業は対象疾病を18(このうち検査対象は12)に限っているのに対し,本研究班ではすでにもっと広範囲からの情報収集を実施しているので,研究班側からいえば,現在の状況としては,従来収集中の検出情報のうちの部分的な診断検査の情報が,サーベイランス事業の一環としてくみこまれた形と考えられる。(4頁の図参照)
病原体検出情報のうち,ウイルス関係は従来通りマークシート方式により随時国立予防衛生研究所へ通報する様式がとられる予定である。この場合,研究班活動は本年度は従来通りおこなわれるので,サーベイランス事業で病原体検査が指定されているもの以外の検出成績についても従来同様収集されることになる。従って,ウイルスに関しては現時点のみならず将来においてもサーベイランス事業への移行は比較的円滑であろう。
しかし,細菌関係では,従来同様月報として取り扱われる予定ではあるが,実行にあたり多少の問題が残る。
問題の1つは,従来研究班で取り扱ってきた病原細菌には前記サーベイランス事業対象疾病の範疇から外れるもの(法定・届出伝染病原因菌)も含まれているが,予算措置上はこれらを本事業の対象に包含し難いとする解釈があることである。しかし,本事業の本来の目的や病原体検査によらない限り確定診断が困難な感染症が多いこと,また,法定・届出伝染病の病原体情報を集大成するシステムがわが国では欠如している事実などを考え合せると,そのような解釈にとらわれるのは賢明ではない。当然,法定・届出伝染病の病原菌も包含して行くべきである。このことについては厚生省でも運用面で柔軟性をもたせて解決して行こうという考えのようである。
第二の問題は,地方衛生研究所における検査対象は主として集団発生時の材料であり,従って衛研由来の情報のみでは散発例に係わる情報を包含し難いという点である。勿論,サーベイランス事業の枠内でも細菌性疾患がいくつか対象にされており,その確定診断のため検査定点で採取された材料の検査結果も情報として活用することが考えられている。しかし,予算的には少なくとも初年度は措置が講じられていない。また,一般的に言ってこの種の検査を衛研で実施するにはいくつかの問題がある。例えば,ウイルス検査の場合と違って,病院の中央検査室や登録検査所で充分こなしうるものが多いので,それらの機関の方がよりよい情報源であること,適切な医療のため検査結果が急がれるので,衛研での検査は不利であることなどである。
このような問題があるので,病原細菌検出情報収集の将来像としては,今回サーベイランス事業で指定された疾病だけでなく,従来の本研究班で実施してきたものを継続して収集するとしても,これだけをそのままサーベイランス事業に移行させるのでは物足りない。上に述べたような他の有用な情報も吸収すべきであろう。中央感染症情報対策委員会で継続検討する予定であり,これをより有効かつ能率的なものとするためにはやや時間が必要であろう。システム化研究班の今年度のテーマとしてこれを取り上げ,検討し試行してみることになっている。
現行の微生物検査情報活動の内容にも,細菌関係では多少改善の余地がある。それは各地方によって衛研と保健所との間での細菌検査業務の分掌様式がまちまちであり,現在収集されている情報内容に保健所で実施された検査成績が含まれていたりいなかったり統一がとれていない点である。この種のサーベイランス事業を県独自で発足させ実施してきているところでは,検査情報をも収集するシステムが確立されている場合が多いが,保健所における細菌検査結果を衛研が把握していない場合も少なくないのが現状のようである。この検査情報活動が行政の軌道に乗ろうとしている絶好の機会であるから,保健所における行政的な検査の結果をすべて包含する方向で統一をはかりたいものである。それぞれの地方において衛生研究所がこの種の情報を集約し,それに伴うレファレンスサービスを行うことは,本来地方衛生研究所の具備すべき機能の一つの大きな柱であると考えるのであるがいかがなものであろうか。
サーベイランス事業のうち病原体情報収集の中心が国立予防衛生研究所である以上,ここでも本事業遂行のための機能の充実をはかっていただきたい。地方衛生研究所がそれぞれの地方で保健所をはじめとする検査機関に対するレファレンスサービスを担当すると並行して,予研は地研に対して同様なサービス機能を具備すべきであろう。各地から集まる検査室情報を処理するに必要な部署の設置と人員の確保は勿論のこと,方法論の標準化,診断用抗原・抗血清の供給,標準菌株の維持,技術研修など多くの問題をかかえている筈である。
それぞれの立場で感染症対策における検査室情報の重要性の認識を新たにし,力を結集して本研究班活動の成果を生かし,これをサーベイランス事業に円滑に移行させ,永続的なものとして役立たせて行きたいものである。
尚,検査室情報活動で集大成された資料は,年報の形式でもよいから,公的な刊行物として残すことを中央では真剣に考えていただきたい。検査を担当したものとその結果を編集したものとの協同産物であることが明確にされ,誰もが平等にこれを利用できる形でこのような資料が残されることが,本事業を成功させる最大の推進力になるであろうことを付記する。
東京都立衛生研究所 大橋 誠
01感染症サーベイランス事業における検査室由来情報の流れ
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