|
昭和56年6月1日本症の初発患者を認めて以来8月中旬まで松江市内において,患者16人,保菌者8人,計24人に及ぶパラチフスB菌による集団発生例を経験した。本県における本症例の発生記録は昭和31年,火災のため詳細な試料を焼失したが,本県衛生統計より,少なくとも今回のごとき都市部に限定されたパラチフスB症の集団発生例は昭和27年以来の症例と考えられる。患者,保菌者の年令構成は小学生以下9人(患者7,保菌者2),成人(25才〜57才)いわゆるサラリーマン階級15人(患者9,保菌者6)である。また,発生地域では市の中心部に集中し,職場での複数の発生もみられている。
患者,保菌者よりの分離株における主な生化学的性状はいずれも成書に示すサルモネラの性状で,血清型はO抗原のB群血清,H抗原第1相b,第2相1,2で明確に判定された(東芝化学製)。ところで血清型別で本菌を分類した場合,H抗原第2相1,2の存在はS. paratyphi BとS. javaとの区別が不可能となる(Kauffmann,1970),sそのためD−酒石酸分解能による判別法が挙げられている。しかし,使用培地および判定に若干不安定要素もあり,多くの問題を抱えている。なお,分離株のファージ型別,D−酒石酸分解能の成績は表の通りである。
パラチフスB症は法定伝染病である。届出に基き隔離治療の措置がとられ,その蔓延防止のため家族あるいは接触者等を対象に菌検索が実施され,場合によって社会的影響は大である。今回の発生例における臨床症状は,38℃前後の発熱,下痢(主に水様性2〜10回),腹痛が主で時に嘔吐を伴う場合もみられている。症状の経過は詳らかでないが,比較的軽症で,多くの場合急性胃腸炎と診断されている。上述16人の患者届出は設備の整った検査室のある総合病院による診定のみである。もし一般開業医において同時期における急性胃腸炎患者の菌検索を実施したとするなら,多分その患者数はさらに増加したものと推察される。
検査機関においてはS. paratyphi B菌と同定するか,一般のSalmonellaと決定するかによりその対応は全く異ってくる。前述の諸問題を踏まえ,S. paratyphi Bか他のSalmonella(S. java)かその決定について困惑したことはいうまでもないことである。多くの問題が明確にされないまま一応落着し,その取り扱いをどうすべきか重要な課題を残して終息した。法定伝染病であるパラチフスB症に対する国レベルにおける画一的な見解の明示が望まれる。
なお,今回の流行例における感染源,感染経路の究明であるが,諸般の事情により詳細な疫学的調査は実施されなかったことを追記しておく。
島根県衛生公害研究所 伊藤義広
分離株のファージ型別(予研ファージ型別室)
|