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Vol.5 (1984/6[052])

<国内情報>
Salmonellaの分離の変更とそれに対する対応


多種多様のSalmonellaをKauffmann-Whiteの様式によって血清型に分類することは,1934年に国際委員会によって採択され,それ以来約50年間,多くの菌に先がけて一応整然と整理されてきたことは衆知のとおりである。しかし,属(genus)はまず種(species)に分けられるのが細菌分類の原則で,血清型は生物型やファージ型と同様に,疫学マーカーとして用いるための種の細分にすぎない。Salmonellaの血清型には例外的にラテン語二名法によって固有名詞がつけられているので,これがしばしば種名と混同されているが,Kauffmann-Whiteの様式によるSalmonellaの分類には,種の概念はまったくとりいれられていない。細菌として知られる生物の中で,いままで種が明確にされていないのはSalmonellaのみで,種の確立されていない菌集団を属として承認することは,分類学上あり得ないことである。

 Salmonellaを分類学にのっとって分類しようとする試みがなかったわけではないが,どの提案にもそれぞれ反論が百出し,国際的に統一された見解がなかった。現在,Salmonellaの分類にはつぎの3つの提案があり,そのいずれかを国または学派によって採択されている。

 1)Salmonella属を5亜属(分類学上の亜属ではなく,むしろ生物群である)に大別し,各亜属を血清型に細分する。亜属中,VはSalmonella arizonaeの種名で呼ばれることもある。この分け方はWHO,ヨーロッパ諸国およびわが国で採択している。

2)形式上は前者と同様であるが,血清型を種とみなす。Kauffmannが主張した分類で,ドイツの一部の研究者が用いている。

3)前二者の亜属VをArizona hinshawiiとして別の属に移し,Salmonella属をS. choleraesuisS. typhiS. enteritidisの3菌種に分ける。血清型でいうS. choleraesuisS. typhiを除いて,Salmonellaのすべての血清型はS. enteritidisに含まれ,たとえばS. paratyphi-BS. typhimuriumなどの血清型は,Salmonella enteritidis sarovar Paratyphi-B,Salmonella enteritidis sarovar Typhimuriumなどと記載される。この分類はアメリカ合衆国で採択されている。

これらの各分類についての専門的見解はすでに「坂崎:腸内細菌(U)各論1.Salmonella属,近代出版,東京,1979」に詳述してあるのでここには述べないが,そのいずれもが近代分類学の面からみて正当であるとはいえない。現在の細菌分類は表現型にもとずく数値分析とDNA相関性の両面から行われるのが通常であるが,最近の研究でSalmonellaの各血清型菌株のDNAは,S. choleraesuisS. typhiS. enteritidis相互間はもちろん,各亜属間でもきわめて密接に相関し,菌種を区別するような大きな差のないことがわかった。これを換言すれば,Salmonella属には1菌種しかないということである。

 Salmonellaを分類額の線に沿って正当に整理することは,国際腸内細菌分類委員会の大きな課題で,1970年以来その中にSalmonella小委員会を設けて検討をつづけてきたが,この小委員会の委員長であるLe Minorは,DNA間の相関性と生化学的性状にもとずいて,1982年につぎのような分類を提案した(Le Minor et al. 1982,Proposition pour nomenclature des Salmonella. Ann. Microbiol. 133 B : 245−254)。

Genus Salmonella

1) Salmonella choleraesuis subsp. choleraesuis

2) Salmonella choleraesuis subsp. salamae

3) Salmonella choleraesuis subsp. arizonae

4) Salmonella choleraesuis subsp. diarizonae

5) Salmonella choleraesuis subsp. houtenae

6) Salmonella choleraesuis subsp. bongori

S. choleraesuisSalmonellaの菌種名として優先権をもつことは,その命名が最も古く,細菌命名規約によって他の名称に置き換えることはできないからである。また,従来の亜属Tに対する“subsp. choleraesuis”の命名も,S. choleraesuisの亜種の基準(type)として命名規約上,“choleraesuis”が優先し,他の形容語句は用いることができない。Le Minorの提案は文書によっても腸内細菌委員会の各メンバーの検討をうけ,さらに昨年5月にフランスのLilleで開かれたグラム陰性菌の国際シンポジウムの際にも,彼を囲んでわれわれ小委員会のメンバーで討議し,現状でもっとも妥当な分類として承認された。

このようにして,50年間まとまりのつかなかったSalmonellaの分類が,ようやくにしてひとまずの結論に達したわけであるが,実際にSalmonellaを検査したり,型別を行っている人達には分類がどう変わろうと,Salmonellaの生化学的定義や血清型には変更がないから,日常の検査には無関係である。しかし,これらによって生じる菌名の記載の変更が大きな問題である。たとえば,チフス菌,パラチフスA菌,ネズミチフス菌などに対して,S. typhiS. paratyphi-AS. typhimuriumなどがいままで使用されていたが,血清型に対して種名と混同されるようなこのような名称を使用することは不適当である。これらの菌に対する正しい学名はつぎのようになる。

Salmonella choleraesuis subsp. choleraesuis serovar typhi

 Salmonella choleraesuis subsp. choleraesuis serovar paratyphi−A

 Salmonella choleraesuis subsp. choleraesuis serovar typhimurium

 しかし,日常の検査成績の記載や学術論文にこのような長い名称を書いてはいられない。また,チフス菌が分類されたとき,臨床医への報告に“Salmonella choleraesuis subsp. choleraesuis serovar typhi”と書いたとしたら,彼は何菌か判断できないであろうし,あるいはそれをチフス菌と判断せず,普通のSalmonellaと誤解するかもしれない。したがって,学名はともかくとして,日常の記載名をいかにするかは重要な問題である。

日本やヨーロッパのように従来から血清型の名称を常用しているところでは,さして大きな影響を受けないが,アメリカ合衆国ではいままで種名としてS. enteritidis S. typhiS. choleraesuisを用いていたために,今回の変更のもたらす影響は大きい。このために本年3月,St. Louisで開かれたアメリカ微生物学会年次総会のイブニング・カンファランスで,CDCの研究者が各州の衛生研究所や病院検査室の関係者にこの変更を説明し,今後はSalmonellaの名称をつぎのように記載することを勧告した。

 病院での記載

  Salmonella serogroup B(C1,C2,Dなど)

  Salmonella species

Salmonella serotype typhi

リファレンス機関(州の衛生研究所など)での記載

 Salmonella serotype typhimurium

  Salmonella serotype typhi

Salmonella serotype 4,12, : d : −

 CDCでの記載

  Salmonella serotype thompson : Subgroup 1

 いままでアメリカの学術雑誌では,Salmonellaの一般の血清型をすべてS. enteritidisの種名で統一していたが,おそらく今後は上記のような記載に変えられるであろう。

 さて,日本ではどうするか。少なくともいままでのように血清型名をラテン語としては扱うことはできない。また,国際委員会でも血清型の形容語句(たとえばS. typhimuriumの“typhimurium”はローマンタイプ(普通の活字)とし,イタリックにしたり,アンダーラインをつけないとしている。そこで,サルモネラセンター(予研)では,同定依頼の回答にはつぎの例に示すような記載名を用いることにした。

Salmonella sp. (1) serovar typhi

Salmonella sp. (1) serovar paratyphi−B

Salmonella sp. (1) serovar typhimurium

Salmonella sp. (1) serovar thompson

Salmonella sp. (1) serovar cerro

Salmonella sp. (2) serovar 18 : z4 : z23 : −

Salmonella sp. (2) serovar 9,12 : g,m,t : −

 カッコ内の数字は亜種を示す記号で,1はsubsp. choleraesuis,2はsubsp. salamae,3aはsubsp. arizonae. 3bはsubsp. diarizonae,4はsubsp. houtenae,5はsubsp. bongoriをあらわす。“serover”は“serotype”と同意語で,命名規約では前者の使用を勧告している。

なお,これら6種の亜種中,ヒトの病原菌とみなされるのは“choleraesuis”と“arizonae”(1および3a)のみで,他の亜種のほとんどは食品,環境,冷血動物にみられるSalmonellaである。また,同じ抗原構造の菌でも亜種の相違によって血清型の名称が異なる。

 例:4,12 : b : −の菌に対して

(1)であれば,Salmonella sp. serovar paratyphi-B

  (2)であれば,Salmonella sp. serovar sofia

18 : z4,z23 : −の菌に対して

(1)であれば,Salmonella sp. serovar cerro

(2)であれば,Salmonella sp. serovar 18 : z4,z23 : −

 したがって分離菌に対しては,亜種(すなわち生物群)の鑑別が重要であることを付記する。



予研細菌部サルモネラセンター 坂崎 利一





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