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Vol.6 (1985/5[063])

<国内情報>
新しい腸管感染症,出血性大腸炎とその原因菌Escherichia coli O157:H7


最近アメリカ合衆国やカナダで,いままでの腸管感染症とはやや異なる下痢症が注目されている。この下痢症は激しい腹痛,血液を混じた水様性下痢,ほとんどの患者が無熱であることを特徴とし,調査の結果,いままでの下痢性大腸菌に含まれない特殊なEscherichia coli血清型O157:H7がその原因であることが明らかにされた。その後も同様な下痢症は集団例でも散発例でも経験され,この感染症に対して出血性大腸炎(hemorrhagic colitis)の病名がつけられた。本病のもう1つの特徴は,小児ではしばしば“出血性尿毒症症候群”(hemorrhagic uremic syndrome)を続発することで,また基礎疾患のある患者とくに老齢者では死亡例も報告されている。

出血性大腸炎の最初の発生は,1982年の初めにオレゴンにおき,それから3ヶ月後ミシガンで第2の事例が発生した。いずれも集団事例である。その後,1983年にはカナダで2件,1984年にアメリカ合衆国で2件の集団発生が経験された。以上の6件の集団発生事例中,3件はその地域の非特定住民に,また2件は家庭内,1件はある訓練施設でおこっている。

これらの事例が契機となって,アメリカ合衆国およびカナダで本病に対するサーベイランスが行われた結果,本病はほとんどの地域で,散発例としても発生していることが明らかになった。散発例の患者はすべての年齢層(1〜80歳)を含み,また性別による発生の相違も認められていない。さらにその発生には季節的変動もなく,年間を通じて発生している。

本病の感染源は疑いもなく食品で,とくに2件の集団発生ではハンバーガーが原因となっており,うち1件ではハンバーガーの肉のサンプルからも原因大腸菌が分離された。また,散発例でもハンバーガーが原因食品となっている例が多い。前記した1件の施設での集団発生例では,ヒトからヒトへの伝播も示唆されているが,おそらくそのような経験はまれであろう。

現在までのところ,本病の発生は主としてアメリカ合衆国とカナダで報告されているのみで,他の国ではイギリスの1例を除いては,まだ報告に接していない。わが国では1984年以来,厚生省下痢症研究班で調査を続けており,いままでに吹田市で1件(ある家庭で兄弟2人が発症),川崎市で1例が発見された。調査の範囲がまだ狭いので,これをもってわが国にはまれな疾病とするには時期過早で,一般の関心が集まれば,さらに多くの患者が見出されるかもしれない。

本病の原因菌のE. coli O157:H7は易熱性および耐熱性のどちらのエンテロトキシンも産生せず,また,侵襲性大腸菌にみられるような細胞侵襲性も持たない。しかし,その特徴とされるのは,本菌が志賀赤痢菌の外毒素と同一の細胞毒を,志賀赤痢菌のそれと同程度に産生することである。ただしこの毒素がどのように出血性大腸炎の発症に関係するのか,まだわかっていない。

本血清型菌株は乳糖および白糖を速やかに発酵し,MacConkey寒天やDHL寒天上の集落は他のE. coliのそれと区別できない。また他の生化学的性状でもほとんど定型的なE. coliである。本血清型の生化学的性状での特徴はソルビット非または遅発酵性であることで,少なくとも48時間以内にはソルビットからの酸産生は認められない。この性状は本血清型の選択分離に利用できる。



国立予防衛生研究所 阪崎利一





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