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Vol.7 (1986/3[073])

<国内情報>
人体クリプトスポリジウム症の本邦初症例について


 本症の病原体であるCryptosporidium(属)はアピコンプレックス門,胞子虫綱,コクシジウム亜綱に属する原虫で,人を含めた哺乳類および鳥類に広く寄生することが知られている。

 感染はオーシスト(一種の受精卵)の経口摂取で成立し,寄生部位は小腸上皮細胞の微絨毛内で,そこで無性ならびに有性生殖をおこなって増殖し,最終的に感染可能なオーシストを産生する。生活史上出現するメロゾイト,スポロゾイト,オーシストなどの各期虫体は,いずれも4〜5μm程度の大きさである。人への病原性はほとんど認められないことが多いが,時に下痢を発症し,特にAIDSを含む免疫不全の患者や,免疫抑制剤投与中の患者では激症化する。外国,特にカナダ,イギリス,アメリカなどでは,多くの人体症例が報告されてきたが,今まで我が国では,ネコ,モルモット,ウシ,ニワトリなどからの検出例はあるものの,人体症例は知られていなかった。

 最近,高知医科大学寄生虫学教室の鈴木了司教授らは,ネフローゼ症候群の一患者のクリプトスポリジウム症を経験し,近くその詳細を日本熱帯医学会雑誌に発表の予定である。同教授によると同大学の中央検査部に1985年6月より7月までの1ヶ月間に検査依頼された112名の糞便(正常便から軟便で,下痢便はなかった)からはオーシストを検出しなかったものの,高知市内の病院からの下痢患者3名の糞便検査では,そのうち1名から同年10月にオーシストを検出したという。その患者は,ネフローゼ症候群で入院中の5歳の男子であったが,腹痛,嘔吐,下痢を訴えたため,免疫抑制剤の連続投与から免疫不全状態を招来し,クリプトスポリジウム症を発症した疑いがもたれたので,検便を実施したものである。しかし,下痢は1週間で止まり,免疫抑制剤の引き続く投与にもかかわらず,以後下痢の再発も,オーシストの検出もみていないという。人体下痢症の一原因になるものとして,本原虫の存在についても,今後注意を払う必要があろう。



国立予防衛生研究所 小山 力





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