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Vol.9 (1988/9[103])

<国内情報>
ライム病,日本でも血清学的に確認さる


 ライム病)は,マダニ類)が保菌しているボレリア(Borrelia burgdorferi)によるヒトの亜急性ないし慢性の全身感染症で,本邦にも存在することが血清学的に確認された。

 1986年長野県妙高高原でダニに咬まれた後,皮膚に紅斑を生じた患者の血清中に抗ライム・ボレリア抗体を証明したのが最初で,川端・馬場等によって報告された(馬場等,1987)。本症例でベクターとしてシュルツェ・マダニが示された。続いて1986年北海道での症例で(佐々等,1988),また,長野県東部地域での既往を含むマダニ刺咬症患者20余例の抗体調査4例で,抗体が認められた(堀内等,1988)。井口・川端等は1987年,北海道のハイリスクグループ数百名の血清中に約6%強に抗体を認めている。

 すでに本邦皮膚科誌に慢性遊走性紅斑症例として既発表のもので,今日言うライム病と合致するものが数例見られるが,上述の血清学的確認は,本邦にもライム病が浸淫していることを裏付けたものと言える。

 さて,ライム病で最も注目すべきは,第一期の皮膚症状の拡大,増悪を防ぐこともさることながら,第2期,第3期の症状発現を抑えることであって,そのための抗生物質療法もほぼ確立している。その際,血清診断は有力な判断材料となる。本症の血清診断法としては,IFA,ELISAや間接IP法などが行われているが,抗体上昇が緩徐かつ様々な条件に左右され易いことや近縁種との交差反応もあって,成績は必ずしも明快ではない。的確な血清診断法の開発と標準化が期待されるゆえんである。

 本邦ではまだ本症による典型的な関節炎や神経症状を伴う症例は確認されていない。この点の究明を含め,病原体の分離,ベクターの分布調査,血清疫学などが望まれると共に,予防しにくい疾患なので診断体制とくに血清診断体制の確立が早急に必要と考える。

 注1)ライム病:Borrelia burgdorferiを保菌しているマダニに咬まれると,過半数のヒトに数日ないし1ヵ月の間に皮膚に紅斑ができ,拡大したり,二次紅斑の出ることもある(慢性遊走性紅斑=ECM,第1期)。発病2〜4ヵ月では,髄膜炎・神経炎,筋痛・関節痛や時に心節炎なども現われ(第2期),5ヵ月以降になると約60%に関節炎をきたし,また,脳神経炎や慢性皮膚炎などもみられる。時々変形関節炎や神経系に後遺症をもたらす(第3期)。経胎盤感染もある。治療は,テトラサイクリン,ぺニシリン(エリスロマイシン)が有効だが,第3期の症状では不応のことが多い。

 本疾患は,古く1900年代初頭から北ヨーロッパで皮膚の紅斑とそれに続く症候群として記載されてきたが,1975年米国コネチカット州ライム地方(Lyme)での関節炎の集団発生の調査から始まった研究で,1983年に至り病原体の発見となり,臨床・疫学が確立した。

 注2)マダニ:ダニ目マダニ亜目マダニ科の一群。そのIxodes属のIxodes dammini(北米),I. ricinus(ヨーロッパ)が主なベクター。日本では,北海道(平地にも),東北,関東,中部,中国各地方の高地・山岳地域に居るI. persulcatusシュルツェ・マダニが有力視されている。ボレリアは,この中腸に棲み,♀の成虫→卵→幼虫→若虫→成虫へと垂直伝播され,野生動物を吸血する際に,菌のやりとりがある。6〜8月にヒトを刺す。寿命は2年。

 注3)ボレリア:スピロヘータ科ボレリア属の微好気性細菌群。約20ミクロンの長さの大きなスピロヘータ。再帰熱を起こす一群の細菌と本ライム病病原体Borrelia burgdorferiや家禽スピロヘータ症病原体B.anserinaなどの仲間。一部は人工培養できる。

注4) 総説文献:第1回,第2回ライム病国際シンポジウム記録が,Yale J. Biol. & Med.57巻4号(1984)とZbl. Bakt. Hyg. A.263巻1〜2号,3号(1986〜1987)に出ている。本邦では,川端真人,ライム病,感染症,17巻4号(1987)が参考となる。また,G. S. Habicht他のLyme Disease, Scientific American 257巻1号60〜65(1987)が,ライム病について要説している。



予研体液性免疫部 森 守





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