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Vol.10 (1989/6[112])

<国内情報>
感染症サーベイランス解析評価について


平成元年5月16日



 1989年第1四半期の動きについて情報解析小委員会の解析評価を報告する。

 本年の定点数は,小児科内科定点2,387,眼科定点272,病院定点514および性感染症定点581で,昨年とほとんど同様である。

 1.小児科内科,病院の感染症

 第1四半期の主な流行は,昨年末から始まり,今期第4週にピークとなったインフルエンザの流行,昨年5月ごろから次第に増加し,流行の山を迎えた流行性耳下腺炎である。風しんは全国平均では少ないが,沖縄県,高知県,札幌市など限られた地域だけで,かなりの流行をみている。麻しんも少ないが発生が多い県が少数ある。昨年秋に流行した異型肺炎は減少したがまだ残っている。感染性胃腸炎は昨年末に,これまでになく高いピークを作ったが,今年に入ってからは下降中である。乳児嘔吐下痢症の今期の発生は,これまでの最低であった。百日せきは昨年にやや低下したが,今期に入ってからの発生は,それを下回っている。その他の疾病は特記すべき動きはない。

 病院定点におけるMCLS,感染性髄膜炎,脳・脊髄炎とも特別の動きは見られなかった。

 (1) 麻しん様疾患:本年の麻しんの発生は少ない。1984年に大きな流行があり,1985年にはこれまでの最低となったが,本年の発生カーブは1985年に近い。本年第1週定点当たり0.20人から第13週0.32人にまで上昇しているが,昨年同期の,0.60人の約2分の1である。ちなみに,1984年第13週は2.32人,1985年0.35人,1986年0.44人,1987年0.80人である。

 本年第13週までの累積報告数は全国平均定点当たり3.14人で,ブロック別には,北海道7.40人,東海北陸6.86人,東北4.49人が比較的多い方で,九州沖縄3.00人,中国四国2.00人,近畿2.46人が中間で,関東甲信越は1.42人と少ない。県別累積報告数は静岡県20.02人,佐賀県19.11,香川県12.13人,札幌市11.42人が10人以上と特に多い。その他,5人以上は青森県5.83人,宮城県8.15人,秋田県8.00人と東北ブロックが昨年の流行の名残りを示しており,東海北陸ブロック内で,岐阜県9.13人,愛知県7.33人,名古屋市6.33人が多いほかは群馬県5.16人,長崎県5.17人くらいである。29都府県は定点当たり累積報告数2人以下と少なく,全国的には流行は少ないが,限られた県だけで流行している様子がうかがわれる。

 (2) 風しん:1987年の大流行の後,昨年は約3分の1に下がったが,本年の発生カーブは,昨年の約2分の1である。定点当たり報告数は,本年第1週0.40人から,第13週1.22人に上昇中であるが,昨年第13週は定点当たり2.52人であった。本年の風しんは,大部分の県では流行がないが,少数の県だけでかなりの流行が起こっているというのが特徴である。

 第1週から第13週までの定点当たり累積報告数は,全国平均で8.69人であるが,沖縄県85.35人,高知県75.15人と大流行を示しており,これについで,北海道40.62人,うち札幌市48.79人,岩手県39.46人があげられる。この他,累積報告数10人以上は,長野県22.44人,福井県15.32人,静岡県16.02人,広島県14.30人,大分県22.44人,宮崎県24.14人,鹿児島県13.89人だけで,一方,29都府県では定点当たり5人未満と流行をほとんど認めていない。

 ブロック別定点当たり累積報告数の一番多いのは北海道40.62人,次いで九州沖縄19.28人,中国四国13.58人,その他は東北8.25人,東海北陸6.86人,近畿3.14人,関東甲信越2.37人である。風しん流行は,早く急増した地域では4月中にピークに達することもあるが,通常は5月から6月初めにかけてピークになるので,もうしばらくの間注意が望まれる。

 (3) 流行性耳下腺炎:全国的に流行の山を迎えている。前回の流行は1985年で,1987年には下がって週当たり定点当たり0.5人程度と最低の発生状態が続いていたが,1988年5月頃から増加傾向が見られ,年末には定点当たり1.5人を超えるようになった。1989年に第1週の定点当たり1.60人から始まり,第10週には2.50人,第13週2.37人と2.5人前後のレベルまで上昇している。前回流行のピークは3.30であったので,今後なお,しばらくの間,注意する必要がある。

 本年第1週から第13週までの累積報告数は,全国平均24.50人で,これは1987年の1年間の報告数と同程度である。ブロック別に見ると,東北が33.21人と一番多く,東海北陸32.28人,九州沖縄27.66人,関東甲信越26.26人,中国四国24.15人の順で,近畿14.56人,北海道10.24人はまだ少ないが,全国的に上昇中ということができる。なかには,累積報告数50人以上と,流行の程度が強い県がある。山形県64.11人,富山県72.00人,愛媛県51.97人,福岡県55.38人,北九州市60.80人である。

 (4) 百日せき様疾患:本年に入ってからの週別報告数は,定点当たり0.02ないし0.04人と少ない。百日せきの発生は,1984年以降は横ばい状態であったが,昨年はやや低下した。これから夏にかけて,また,8,9月の発生状況を見なければわらないが,本年の発生は少なくなると予測できよう。

 第1四半期の年齢区分を見ると,0歳26.0%,1歳21.7%で,2歳未満は47.7%となる。2歳11.6%,3歳8.8%,4歳8.8%,5〜9歳17.5%,10〜14歳3.4%で,昨年に比べると4〜9歳の比率が高くなっている。年間集計の際に注意しておきたい。

 (5) 異型肺炎:1988年秋には,4年ぶりの流行が見られた。10月中旬第42週から11月にかけて,定点当たり0.8人前後の流行の山が見られ,第45週には,定点当たり0.86人のピークを示したが,年末には0.6人台まで低下した。本年第1週は定点当たり0.32人で,その後も0.3人前後が続いている。流行の谷間には,全国平均で0.1人くらいになるので,それに比べればまだ多い。

第13週までの累積報告数は全国平均定点当たり4.03人であるが,少数県で特に多いところがあり,福井県15.74人,岐阜県11.16人,佐賀県10.61人,大分県12.85人,北九州市10.00人は10人以上を示している。これを反映して,ブロック別累積報告数は,東海北陸が定点当たり6.85人,九州沖縄が5.13人と多い。以下,中国四国5.02人,東北4.62人,近畿3.56人,関東甲信越2.53人,北海道1.37人の順である。流行は収まりつつあるが,まだ注意が必要である。

病原微生物検出情報の肺炎マイコプラズマの検出数のピークは1988年10月であった。1989年1,2,3月については3月末現在それぞれ,9,9,および3例の報告があり,マイコプラズマの散布が続いていることを示唆している。

 (6) 感染性胃腸炎:昨年末の流行が強かった。年末平均は全国平均で6人ないし7人台であるが,昨年12月第50週には9.1人のピークを作った。今期に入ってからは低下しつつあり,4人台から,第13週には2.80人まで下がった。第1四半期の累積報告数は全国平均定点当たり50.26人であるが,三重県104.52人,京都府97.08人,鳥取県97.64人,島根県107.13人,大分県90.48人と2倍前後の発生を示しているところがある。これらはいずれも昨年に引き続き多いところである。

 病原微生物検出情報によれば,今シーズンはロタウイルスの報告が少ないので,胃腸炎における小型球形ウイルスの検出数の割合が増大している。また,いくつかの地方衛生研究所から報告された病原ウイルスの比較検討結果はこの傾向を確認している。

 (7) 乳児嘔吐下痢症:昨年末のピークは第51週定点当たり2.16人と例年に比べて少なかった。多い年は4人を超える。本年に入ってからの発生は,第1週定点当たり1.61人から始まり第7週の1.74人が最高で,以後低下し,第13週0.85人になっている。12月の発生が少なかったので,1月に入ってからの増加が心配されたが,今シーズンは一番少ない発生で終わった。

 第1四半期の累積報告数は全国平均定点当たり17.98人で,ブロック別には九州沖縄34.25人,東北23.07人,中国四国22.62人が平均以上であった。県別では,宮城県35.67人,秋田県38.04人,徳島県35.87人,福岡県53.45人,福岡市72.69人,北九州市40.90人,大分県48.96人,宮崎県72.14人が多い。

病原微生物検出情報に報告された今シーズンのロタウイルス検出数は前年の同期と比較してほぼ3分の1であり,今後の報告の追加を考慮してもかなり少ない。さらに,まだ数は少ないが,C群ロタウイルスの報告が増加傾向にある。

 (8) インフルエンザ様疾患:1988〜89年シーズンの流行は,1988年第48週から増加しはじめ,第52週に定点当たり14.9人に達したが,年が明けてから,第4週に定点当たり17.8人のピークを作り,以後低下した。1987年にインフルエンザ様疾患がサーベイランス対象疾病として集計されるようになってからは大きな流行はなかったが,1987年第4週のピークの定点当たり18.8人,1988年第10週のピーク29.8人に比べても,今シーズンのピークは低かった。

 今シーズンの流行は,地域的に,流行時期のずれが目立った。はじめは北海道,東京周辺,近畿で急増したが,年が明けてから西日本の流行に替わった。北海道は第50週に定点当たり9.8人,関東甲信越は第52週に17.3人,近畿は第52週に28.2人のピークで,西日本では第3週に中国四国45.8人,九州沖縄25.4人,第4週東海北陸30.2人になった。東北ブロックはやや遅れて第5週に23.5人のピークである。北海道は年末,年始に低下したが,再び増加して,第6週に7.9人の小さい山を作った。年末の流行では,学級閉鎖数の増加も著明であったため,かなりの流行規模になるかと心配されたが,北海道,関東,近畿の流行は年末で頭打ちになり,1月の西日本流行のピーク時には関東,近畿は下降中であったため,第4週の全国平均ピークも低い数字となった。第10週には定点当たり1人以下となり,流行は終息した。

 今期流行のウイルスは,ごく少数のB型,A香港型も分離されているが,Aソ連型が主力の流行であった。1988年10月から1989年3月までに検出された例として,本年3月末までに病原微生物検出情報に報告されたインフルエンザウイルス分離数はB型8,A香港型40,Aソ連型1,251であった。

このうちAソ連型株は12月に455,1月に651が報告された。

 2.眼感染症

 (1) 咽頭結膜熱:定点当たり5.0以上あるのは岩手県,徳島県で,それぞれ9.0と7.6であるが,小児科内科においては0.05と0.07であり,同じ傾向が認められない。

(2) 流行性角結膜炎:累積報告数が200を超えているのは岩手県230,茨城県350,兵庫県258,福岡県248であるが,週間の患者が5以上を占めるのが岩手では延べ9週であり,茨城では7週であり,この第1四半期で1週平均,岩手は6.2,茨城3.8で周期的に発生している。岩手県の3つの眼科定点は3市であり,今回の発生は県南地方の定点におけるEKCの流行がある。このEKCの拡がりの情報は現行の定点数では不明である。しかし,継続性から院内感染とは考えられず,この地方に限局して流行していると考えられる。

 (3) 急性出血性結膜炎:週間に25以上の発生がある時は明らかな流行であるが,この期間岩手の7週に7.0が記録されたが,その後の発生がなく,アデノの劇症型がAHCと診断されたと推定される。

 3.ウイルス性肝炎

 (1) A型肝炎:2月および3月に昨年を上回る発生の増加(1.3倍)がみられ,今後の推移が注目される(図)。男女比は0.89で,昨年同期(0.86)と大きな差はなかった。年齢別では19歳以下が約40%を占め,昨年同期(35%)に比べて若年層に多い傾向がみられた。なお,昨年同期に比して東海北陸,関東甲信越ブロック,特に静岡県の発生が多かった(昨年同期の5倍)。

(2) B型肝炎:発生数は昨年同期とほぼ同数であった。男女比は昨年同期の1.51に比べ1.82と男性の多い傾向がみられた。

(3) その他の肝炎:発生数は昨年同期の79.1%で減少の傾向がみられた。男女比は昨年同期の1.09に比べて1.17と男性の多い傾向がみられた。

4.性感染症

淋病様疾患および尖圭コンジロームが漸減,陰部ヘルペスはほぼ一定,陰部クラミジアが漸増というのが最近の性感染症サーベイランスの所見である。なお,サーベイランス開始以来,症例報告がほとんどない定点が少なくないので,そのような定点の見直しや,対象疾患の性格にあったより適切な定点への切り替えについても,今後検討していく必要があると思われる。

 (1) 淋病様疾患(淋菌感染症):定点当たりの淋菌感染症症例数の年間推移は,いわゆるボーナス期(12〜1月および7〜8月)に山がある二峰性の分布曲線を示しているが,全体として徐々に減少傾向が見られる。ボーナス期に症例数が増えることからも淋菌感染症の感染源として「盛り場」がいまだに重要な意味を持っていることが示唆されるが,「盛り場」の女性の衛生管理がよくなりつつあることも減少の一因と考えられる。また,一般人口内でも性感染症に対する認識が少しずつ高まり,症状の強い淋菌感染症治療が徹底し始めていることにもよると考えられる。

 (2) 陰部クラミジア感染症:淋菌感染症のような減少傾向はなく,かつまた,年間推移が前述のようなボーナス期の上昇も見られないことは,クラミジア感染症の一般人口内への広がりが示唆されている。世界的に公衆衛生管理のよい開発国では症状の強い淋菌感染症が減り,無症状か症状の弱いクラミジア感染症が多くなってきているが,わが国も性感染症に関し管理良好国になりつつあると言えよう。しかし,本邦では無症候例の検出率が極めて低い。たとえば,一般家庭主婦妊娠例の子宮頸管部からのクラミジア検出が5〜7%と報告されている現状で,サーベイランスの報告例数がこの程度であることは,一般臨床においてクラミジアに対する認識がいまだに低く,かつ検査の普及が不十分であることを如実に物語っている。淋菌症例数比が,現在ようやく1.0に近づいてきたが,実際はかなり高いはずで,今後のクラミジアに関する啓蒙の必要性が痛感されるところである。

(3) 尖圭コンジローム:定点当たりの報告数が淋菌感染症とほぼ同様な漸減傾向がある。昨年から今年にかけ対淋菌感染症症例比がほぼ0.3台に固定してあまり変動がない点,興味深い。これもflat condyloma(梅毒の扁平コンジローマとは異なる)など,軽微病変の検出が一般化してくると,見落とされているHPV陽性症例はかなり発見されるはずで,これも今後の検査法の啓蒙普及が望まれる所である。

 (4) 陰部ヘルペス:症例数は1987年サーベイランス開始以来ほとんど定点当たりの報告数がほぼ一定している。そのため,対淋菌症例数比が0.3台から徐々に0.4台に上昇しつつあり,今後の動向が注目されている所である。

(5) トリコモナス症:第1四半期についてみると,1988年,1989年と少しずつ減少傾向にあるが有意ではない。従来のように圧倒的に女性の報告数が多い。



日結核・感染症サーベイランス情報解析小委員会


A型肝炎定点当たり患者発生数の推移





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