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1989年1月から4月にかけて関東・甲信・東海地域にパラチフスAが続発し,患者37人中34人からファージ型1のパラチフスA菌が分離され,共通感染源による広域集団発生が疑われた。4月5日,厚生省のパラチフスA対策会議において,患者発生県に対しそれぞれ原因究明を行うよう要請があった。本県もこの期間中3例の患者発生があり,いずれもファージ型1のパラチフスA菌が分離されていることから,その感染源,感染経路を徹底究明するため,県および保健所とプロジェクトチームを編成し疫学調査を開始した。
3例の患者は,居住地が蕨市,川口市および深谷市といずれも離れており,さらに,それぞれの患者およびその家族間には全くなんらの関連性もなかった。また,患者およびその家族の菌検査並びにウィダール反応の成績は表1のように,3例の患者以外は,その家族内に菌検出者もウィダール反応の抗体価上昇者も認められなかった。これらのことから,一応いずれの家族にもパラチフスA菌の不顕性感染者はないものと推測された。したがって,今回の3例は,患者だけが喫食した飲食物によってパラチフスA菌の感染を受けた可能性があると推定された。そこで,3例の患者が1月から発病日までにそれぞれ喫食した食品類のうち,共通に喫食していた食品とその喫食状況を調べた結果,以下のことが明らかになった。
患者bP(男17歳,高校生,蕨市),2月4日発病(頭痛,発熱38℃):1月中旬(15日か16日)蕨市Y商店で「生食用カキ」2パック(300g)を母親が購入,1パック分を「酢カキ」にし,その1パック分を患者だけが喫食,残り1パック分は翌日「カキ鍋」にして患者と父親が喫食した。
患者bQ(男29歳,スーパー勤務,川口市),2月16日発病(発熱):1月中旬〜下旬@妻27歳が勤務先の新年会(U飲食店,川口市)の残り物「生もの盛合わせ,の殻付カキ」を家庭に持ち帰り,それを患者だけに喫食させた(家族はカキ類が嫌い)。AスーパーM東川口点で「生カキ」2パック購入,1.5パック分を「カキ鍋」にし,残り0.5パック分を「生カキ」に醤油をかけて患者だけが喫食した。
患者bR(男35歳,工務店勤務,深谷市),2月14日発病(発熱37℃):1月28日(店員証言)か2月8日(患者証言)頃,深谷市K飲食店で友人6〜7人と会食し,患者だけが「酢カキ(50g)」を別に注文し喫食した。
以上,3例の患者はいずれも発病日から感染時期を逆算しても妥当な頃に「生カキ」を喫食しており,この3点を結びつける共通原因食品として,1月から2月にかけて県内で市販されていた「生食用カキ」が推定された。
そこで,「生食用カキ」類のの販売,購入先およびその流通経路を調査した結果,輸入「生カキ」はまったく流通しておらず,表2のように,患者bP喫食のY商店の「生食用カキ」は宮城県I・O産,患者bQ喫食の@U飲食店の「殻付生カキ」は岩手県F湾産,AスーパーM東川口店の「生カキ」は宮城県I・O産,患者bR喫食のK飲食店の「酢カキ」は宮城県I・O産か岩手県Y湾産のいずれか,であった。
したがって,本県に発生した3例のパラチフスA患者は,いずれも海外旅行の経験およびパラチフスA患者・保菌者との接触等もないことから,日常生活行動および家庭内外での飲食状況から疫学的に推論して,患者bPは川口市Y商店で1月15日か16日頃購入したI・O産の「生食用カキ」,患者bQは川口市スーパーM東川口店で1月中旬から下旬頃購入したI・O産の「生カキ」,患者bRは深谷市K飲食店で1月28日か2月8日頃に喫食したI・O産の「酢カキ」によって感染したものと推測された。しかし,食品流通機構の複雑さから,流通業者が宮城県I・O産と称する「生食用カキ」の中に,岩手県Y湾産およびF湾産のものがまったく入っていないという確証はとれなかったので,埼玉県における調査範囲では最終的に産地の特定まではできず,推測の域を出なかった。
埼玉県衛生研究所 奥山 雄介
表1.埼玉県のパラチフスA発生に伴う検査状況(1989)
表2.パラチフスA患者喫食の「生カキ」の流通経路調査
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