|
平成2年5月15日
1990年,第1四半期の動きについて情報解析小委員会の解析評価を報告する。
1990年の定点数は,小児科・内科定点2,407,眼科定点301,病院定点523,性感染症定点585で昨年度にくらべて小児科・内科定点は20,眼科定点は29,病院定点は9,性感染症定点は4定点増加している。
なお,本報告に収録したデータは1990年5月15日現在の暫定データである。
1.小児科内科定点,病院定点の感染症
概況:第1四半期の最大の動きはインフルエンザの流行である。流行ウイルスはA香港型とB型の混合流行で,初めA香港型で始まり本年に入ってからB型が優位となった。
インフルエンザ様疾患の発生は昨年第50週から増加し始め,本年第5週に定点当たり40.1人のピークに達した。最近は,インフルエンザの流行は小規模の年が続いたので,今シーズンの流行が目立った。今回の流行は1984〜85年のB型流行と同程度の流行といえる。
麻しん様疾患は,最近は少なくなったが,増減をくりかえしている。1987年から88年,89年と順次低下したが,本年は増加に転じ,88年なみの動きを示している。流行県は西日本に集中している。
風しんは1987年の全国流行から毎年,順次低下している。本年は昨年よりさらに低下した。流行の谷間ではあるが東海地区などで発生の多い地域があるので警戒が必要である。
百日せき様疾患も,最近は著しく減少している。昨年まで,低下傾向が明らかに認められていたが,本年は横ばいか,昨年をやや上回る動きがみられている。
手足口病は昨年は著しく少ない年であったが,今年は3月末に早くも増加し始めた。現在のところ中国四国,九州地方に発生の多い県が集中している。
伝染性紅斑は流行の谷間で少ないが,札幌市と仙台市周辺で増加している。流行性耳下腺炎,異型肺炎はゆっくりと下降傾向を示している。水痘の発生カーブは例年にくらべて,著しく低いのが目立っている。突発性発疹の発生も少なめである。感染性胃腸炎は,ほぼ例年なみ,乳児嘔吐下痢症は少なめである。溶連菌感染症は例年なみの動きである。ヘルパンギーナ,および小児科内科定点からの咽頭結膜熱は,第1四半期の段階では,まだ動きはない。
MCLS,病院定点からの感染性髄膜炎,脳脊髄炎は特別の動きはない。
(1) インフルエンザ様疾患:インフルエンザ様疾患は1989年末第50週から増加し始め,本年第5週に全国平均定点当たり40.1人のピークに達した。今シーズンの流行ウイルスは,A香港型(AH3N2)とB型の混合流行で,流行期間が長く,4月に入って,第15週に定点当たり1.0人以下に低下した。
最近は,インフルエンザの流行は小規模のものが続いており,感染症サーベイランスの全国集計が開始されてからの発生状況は,1986〜87年シーズンは第4週のピークに定点当たり19.0人,1987〜88年シーズンは第10週29.8人,1988〜89年は第4週17.9人程度の規模であったので,本シーズンの流行が目立った。
小中学校等におけるインフルエンザ様疾患集団発生報告でも,第5週(1月28日〜2月3日)に患者数22万人,学校閉鎖数3,400のピークに達し,3月24日までの累積患者数105万人で,1984〜85年のB型流行(105万人)と同規模の流行であることを示している。
今シーズンの流行ウイルス型は,初めはA香港型(AH3N2)が優位で,1月に検出数の山がみられ,遅れてB型が活発となり2月に山を作った。このため,北海道では,12月にA香港型,2〜3月にB型の2峰性の流行がみられ,その他の地域でも,1月のA香港型と2月のB型の流行が重なったため,流行期間が長びいた。
流行は,関東甲信越ブロックでは第48週,北海道では第49週から増加し始め,東日本では年末の動きがみられたが,西日本では年が明けてから急増する形となった。ブロック別の発生は,中国四国ブロックがピーク時(第4週)定点当たり64.5人ともっとも高く,累積報告数も多かった。
(2) 麻しん様疾患:1987年から88年,89年と順次減少し,89年はこれまでの最低の85年なみのレベルであったが,本年度は少し増えて88年のカーブに近い発生である。本年第13週までの定点当たり累積報告数は4.35人で,これは昨年同期の3.14人の約1.4倍である。
発生状況は地域差があり,第13週までのブロック別累積報告数では中国四国9.56人,九州沖縄6.87人が多く,東北0.58人と関東甲信越1.07人は特に少ない。ブロック内でも,特定の県に集中し,富山10.10人,福井22.32人,岡山23.08人,広島県22.26人,広島市10.50人,大分24.41人,鹿児島15.61人が多い。
(3) 風しん:1987年の全国流行の後は,88年,89年と順次下がり,本年は昨年を下回る発生で,流行の谷間の状態である。第13週までの累積報告数は4.18人で,昨年同期の8.69人から,さらにその約2分の1に低下している。第13週の定点当たり0.62人は,昨年の1.22人の約2分の1である。
昨年は,高知と沖縄の2県だけが特に大きな流行となった。本年は,秋田県の累積報告数定点当たり14.00人と東海地区の愛知13.64人,名古屋市15.27人,三重22.55人,そのほか鳥取10.60人,熊本22.98人の4か所の地域での発生が活発である。その他,近畿の各県は,累積報告数3〜8人程度で幾分多目である。昨年大流行の高知は,昨年同期の75.15人から本年は4.12人,沖縄も85.35人から0.77人と減少しており,流行が始まっている。
(4) 水痘:本年の発生カーブは,例年を著しく下回っている。昨年末の動きも11月頃からの上昇は例年にくらべて少なく,第52週でようやく定点当たり2.21人となった。例年は12月末の時期には3人前後となっているのが普通である。本年になってからも,2月以降は1.5人程度で例年の2人以上というレベルからみても低い。第13週までの累積報告数は定点当たり22.40人であるが,1989年同期は30.76人,88年32.22人,87年36.66人,86年33.72人で,本年は例年の約3分の2の発生に留まっている。水痘は,かなり一定したパターンの発生が特徴である。本年の低下が,どんな要因によるものかは検討しなければならない。
水痘ワクチンは1988年から市販されているが,どの程度に発生頻度に影響してゆくのであろうか。
(5) 流行性耳下腺炎:1988年から増加し始め,89年に大きな流行の山を作り,7月第28週に定点当たり2.91人のピークに達した後,8月,9月に減少した。10月から12月にかけて多少増えたが,定点当たり1人台の発生が続いた。本年になって第3週以後は1人台を割り0.8人台が続いている。流行の谷間に当たった1987年では,定点あたり報告数(週当たり)は平均0.5人前後なので,現在の発生数はそれよりはやや多いというところである。
第13週までの累積報告数は定点当たり12.17人で,昨年同期24.50人の約2分の1である。ブロック別には関東甲信越5.04人,東海北陸8.34人,近畿10.01人は少ないが,九州沖縄25.19人と中国四国22.09人が多い。県別でも,累積報告数30人以上は和歌山37.60人,鳥取34.20人,香川41.43人,高知34.52人,大分36.74人,宮崎47.17人,沖縄54.19人と西日本で占めている。その他は,岩手31.71人だけである。
(6) 百日せき様疾患:最近は,百日せき様疾患の発生は著明に減少している。本年の発生は,週当たり定点当たり0.02〜0.05人で,第13週までの累積報告数は0.51人である。昨年同期は0.45人なので昨年並みか,それより幾分多目ということになる。年度別にみると1987年から88年,89年と順次低下してきたのであるが,少なくとも本年はさらに低下する傾向は認められない。百日せきの発症は,数年の周期で増減する傾向があるので,本年は少し増加するかもしれない。1988年12月に集団接種においても24ヶ月以前に接種を開始できるように指示され,多くの県で個別接種によって,より早期の接種が勧められるようになっている。これによって,0歳,1歳の患者発生が減少することを期待したい。
ブロック別定点当たり累積報告数は九州沖縄1.25人,北海道0.75人,東北0.67人,東海0.56人が,全国平均より多い。県別には,青森1.10人,札幌市1.03人,福井1.42人,福岡県3.17人,北九州市4.50人,福岡市5.92人,宮崎1.17人,鹿児島2.47人,沖縄1.19人が1人以上である。
(7) 溶連菌感染症:毎年,同様のパターンである。本年の動きも,従来の幅の中間のレベルである。第1四半期の累積報告数は定点当たり5.99人で昨年の5.94人と同じレベルの発生である。
ブロック別には定点当たり累積報告数は北海道10.57人,東北10.08人が多く,12人以上の県は札幌市14.61人,宮城12.85人,秋田12.17人,山形13.07人,埼玉12.02人が平均の約2倍以上の発生である。
(8) 異型肺炎:1988年の流行の山から下がって,89年は年間を通じて,週当たり定点当たり0.3人前後の発生で終始した。本年に入って,さらに低下し,0.2人前後の発生となっている。これまで,いちばん発生の少なかった1986年は流行の谷間で0.1人前後,平均0.12人なので,それよりは幾分多目のレベルである。
第13週までの累積報告数は定点当たり2.62人で昨年の4.03人の約3分の2である。ブロック別には九州沖縄4.63人,東海北陸4.09人が多い。5人以上の県は,福井5.00人,岐阜6.26人,静岡5.28人と,中国で島根5.33人と広島6.02人および九州の福岡7.02人,福岡市14.69人,佐賀5.83人,大分6.44人,宮崎9.11人である。特に福岡市と宮崎県の発生が多い。
(9) 感染性胃腸炎:1988〜89年のシーズンは,12月にこれまでにない大きな発生を認めたが,年が明けてからは例年なみの発生となった。1989〜90年シーズンは,12月の発生は例年なみで,本年になってからも平均的な発生を示している。
第13週までの累積報告数は定点当たり50.62人で,昨年の50.26人と同レベルである。ブロック別には中国四国64.06人,東海北陸61.93人が多く,北海道26.06人,東北37.03人が少ない。県別には三重109.63人,島根107.25人,大分110.59人が全国平均の2倍以上の発生である。
(10)乳児嘔吐下痢症:1988〜89年のシーズンは,12月のピークも低く,1月に入ってからの発生も少なかった。1989年のシーズンは,12月の発生は増えて例年に近くなった。1月に入ってからの発生は昨年よりも高いレベルであったが,早期に低下した。第13週までの累積報告数は定点当たり19.13人で,昨年は17.98人であった。今期の発生は例年にくらべて少ないといえる。ブロック別には九州沖縄30.27人,中国四国25.13人が多い。福岡市59.54人と宮崎県58.69人は50人を超えている。
(11)手足口病:昨年は著しく発生が少ない年であった。発生カーブは低いが,7月に小さい山を作った後,秋になっても発生が続いたのが特徴であった。その続きで本年1月,2月も,週当たり定点当たり0.06〜0.09人とやや多目で,第13週には0.14人と,早くも立ち上りをみせている。
第13週までの累積報告数は定点当たり1.44人で,昨年0.39人より多い。発生の多い県は西日本に集中している。定点当たり累積報告数は鳥取3.33,広島県3.70,広島市7.65人,香川5.96人,福岡県5.57人,北九州市2.50人,福岡市9.46人,佐賀5.94人,長崎2.57人,宮崎3.11人,沖縄4.46人が多い。
(12)伝染性紅斑:1986年から87年に全国的な流行があり,88年には低下したが,多少,多目の発生が続いた。89年にはさらに低下し,最低のレベルとなった。本年も流行の谷間で,昨年と同様の低いレベルではあるが,地域により,やや発生の多いところがみられる。第13週までの累積報告数は定点当たり1.19人で,昨年1.02人をやや上回っている。これは北海道と宮城での発生が多いことによる。
累積報告数は北海道が定点当たり7.31人,札幌市21.4人を示している。宮城県は5.96人,仙台市9.77人,その他では,大分県で3.56人となっている。
(13)突発性発疹:例年,一定の発生パターンを示すが,本年の発生カーブはこれまでになく低い。第13週までの累積報告数は定点当たり8.08人で,昨年の8.90人,88年の9.30人より低下している。この低下には水痘と同じ要因が働いているのであろうか。
(14)ヘルパンギーナ:本年は第1四半期の段階では動きはない。
(15)MCLS:特別変わった動きはない。
(16)咽頭結膜熱:小児科内科定点からの報告は,まだ特別の動きはない。
病院定点からのMCLS,脳脊髄炎,感染性髄膜炎の報告も,特に変わった動きはない。
2.眼感染症
(1) 咽頭結膜熱(PCF):PCFは内科,小児科定点同様,眼科定点においては発生をみておらず,臨床的にPCFとの鑑別の難しいEKCの発生している地域の内科小児科の定点においてもPCFの多発傾向は認められない。
(2) 流行性角結膜炎(EKC):EKCは図のごとく沖縄県において全国平均の8倍以上の多発が続いている。福岡においても第7週から沖縄県とほぼ同様に多発が続いている。流行の1つのindexである一定点週平均5.0以上の発生は福島,佐賀にみられたが,単発に終わっている。この他,神戸(第8週),青森(第12〜13週)に同じ傾向がみられる。福岡県においては第15週,16週に多発の前兆とも思える発生が観察され,福岡市の多発と共に今後注目される。
(3) 急性出血性結膜炎(AHC):AHCは大流行にならず,ごく限られた地域で急激な発生があり,急速に消失していく疫学所見が特徴的である。この四半期の後半において茨城と福島においてAHCの流行が発生したと思われる。すなわち第12週に福島と茨城において7例と9例の発生をみ,次いで茨城では17例に増加,以後4例,3例と減少している。これに福島では3例,1例と減少した後11例,11例と再び再発している。同一定点において1週の間に5人以上のAHCの患者発生があった時と平均定点報告患者数1.0以上がAHCの発生の1つのindexとなる。
3.ウイルス肝炎
(1) A型肝炎:本年は昨年同期の1.9倍の発生増加がみられた。ウイルス肝炎のサーベイランス発足後年々発生数が増加しており,今後の動向が注目される(図4)。地域ブロック別では各ブロックとも昨年より発生数の増加がみられたが,とくに近畿ブロックは2.7倍の増加であった(県別では愛知県が約3倍(定点当たり13.08人)と著明に増加している)。男女比は0.88で女性に多く,昨年同期(0.89)と差はなかった。年齢別分布では10〜14歳と35〜44歳にピークがみられたが,19歳以下では35.5%で昨年(40.7%)に比べ減少したが,一方30〜49歳では46.0%で昨年同期(37.4%)よりも増加していた(図5)。
(2) B型肝炎:発生数は昨年同期の84%で減少がみられた。男女比は1.38で昨年同様男性が多い。年齢分布は昨年と明らかな差は認められない。
(3) その他の肝炎:発生数は昨年同期とほぼ同じであったが,男女比は0.92と女性が多く,男性が多かった昨年(1.17)と異なっていた。年齢別分布は昨年とほぼ同様であった。
4.性感染症
本年度第1四半期の成績も,昨年度(1988年)の統計成績とほぼ同じ傾向を示しつつ推移している。
(1) 淋病様疾患の定点当たり症例数が1.82で,昨年の1.84と同じレベルである。
(2) その淋病様疾患症例数に対する他の性感染症の症例比はほぼ次のごとくで,昨年と同一所見となっている。陰部クラミジア1.0,陰部ヘルペス0.4,尖圭コンジローム0.3,トリコモナス0.4。
(3) 各疾患の女子症例数の対男子症例比をとると,つぎのごとくなる。淋病様疾患0.10(1/10),陰部クラミジア0.34(1/3),陰部ヘルペス0.65(2/3),尖圭コンジローム0.26(1/4)。この成績は,いまだ女子症例の検出報告が充分でないことを示唆している。定点施設に占める婦人科医の割合の検討の必要性が示されている。
(4) 現在最も流行していると考えられる陰部クラミジアの定点あたりの検出率が2.00に達していない県・市が11ある。その秋田,福島,山梨,岐阜,兵庫,岡山,広島,愛媛,熊本,沖縄,横浜における各性感染症の定点あたりの報告数を,全国成績と比較すると表のごとくになる。
この所見をみると,それらの県・市での淋病様疾患,陰部ヘルペス,尖圭コンジロームの検出率が,全国平均の約4〜5割と異常に少ない。これはそれら地域でのクラミジア流行度が著しく低いことを示しているのか,或いはそれらの地域でのクラミジア検出技術普及の著しい遅れがあるのか,いずれであるかの検討を要する問題点と言えよう。もし,後者の場合とすれば,公衆衛生上学的立場から考えると,それら地域におけるその検査技術普及改善に行政的にも至急対応してゆくべきものと考える。
結核・感染症サーベイランス情報解析小委員会
図1.インフルエンザ様疾患 1989〜1990
図2.インフルエンザ様疾患 1989〜1990 ブロック別発生状況
図3.
図4.A型肝炎月別分布 全国一定点医療機関当たり患者発生数の推移
図5.A型肝炎年齢別分布
表
|