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Vol.12 (1991/1[131])

<国内情報>
ティラミスによるS. Enteritidis食中毒事例−広島市


1990年9月初旬,広島市を中心に,ティラミス(洋生菓子)を原因食品とするSalmonella Enteritidis(以下S.E.)による食中毒が発生し,患者数は12都府県697名に及んだ。生菓子による広域的かつ大規模な食中毒事例として,その概要を報告する。

9月10日,4グループ21名の食中毒発生の通報があった。患者はいずれも市内M洋菓子店で購入したティラミスを喫食しており,他に共通食はなく原因食はこのティラミスと推定された。

所轄の保健所はただちに販売店,製造所から事情聴取するとともに,該品の製造販売の停止処分を行い原因調査を開始した。M洋菓子店は菓子製造業T社の販売店で,広島市内を中心に26店舗において該品を販売していた。

調査の結果,患者発生は図に示すように,9月9日をピークとし,最終的に広島市内458名を含め,総数697名に達した。これらの患者は,0歳から80歳まで幅広い年齢層にわたっていたが,中でも20代の女性が全患者数の33%と最も多く,最近のグルメブームを反映していた。また,患者の主症状は,下痢(95.4%),発熱(90.0%),腹痛(78.2%)で,75%が水様性下痢(平均15回),47%が39℃以上の発熱をともなうなど激しい症状を呈した。

細菌検査では,患者69名中39名から.E.を分離した。また,患者宅で保管されていた9月6日から10日製造日のティラミスの残品25件中22件から概ね106〜108/gの.E.を分離した。この間,T社では約7,000個のティラミスを製造しており,患者が多数となる要因となった。一方,原因施設であるT社の工場内拭き取りおよびティラミスの原材料検査では,いずれも分離しなかった。しかし,工場の従事者199名の検便では4名の保菌者を発見し,保健所は工場の全面操業停止処分を行った。

行政指導に基づくT社の自主検査では,当時の原材料とは入荷日の異なった卵白や他の2種類の生菓子からもサルモネラを分離し,当所で同定したところ.E.であった。

当所で分離したS.E.(O9:g,m:−)はいずれも生化学的性状が一致し,薬剤感受性試験ではすべてSM耐性を示した。また約36Mdのプラスミドを1本保有しており,全菌体のSDS−PAGEパターンも同一であった。国立予防衛生研究所へファージ型別を依頼したところ,すべて4型であることが判明した。この事から,本事例における患者,ティラミスおよび従事者由来のS.E.は同一であることが推定された。

原因食品となったティラミスは,卵黄,牛乳,砂糖,マスカルポーネチーズを混合したものに卵白,生クリーム,ゼラチンを加え冷蔵後容器に詰めたり,成形したもので,製造上殺菌工程のない未加熱の食品である。原材料などたびたびの検査にもかかわらず,汚染経路の特定はできなかった。しかし,当時は平素よりも従事者が少なく,製造工程の中で室温での長時間放置があったことが判明し,S.E.の増殖を促したものと思われた。

近年,.E.による集団食中毒事例が各地で発生し問題となっているが,本事例は,何らかの汚染経路で混入した.E.が,工場規模で生産された未加熱の食品中で増殖,さらに広範囲の販売ルートを経由し,不特定多数の人が喫食,発症したというまれな事例であった。

汚染経路の特定はできなかったが,本事例を教訓とし,発生原因となった未加熱の食品の取り扱いや管理方法の徹底など行政指導により,製造販売者に対し再認識させた。なお,今後さらに,汚染経路等については細菌学的に疫学検討を続けたい。



広島市衛生研究所 萱島隆之 木戸照明 石村勝之 中野 潔 松石武昭 荻野武雄


図.日別患者発生状況





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