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Vol.13 (1992/8[150])

<国内情報>
Plesiomonas shigelloidesによる集団下痢症


 Plesiomonas shigelloidesは,近年は輸入感染性腸炎の原因菌の一つとして,大腸菌,サルモネラに次いで多数分離されている。実際に最近5年間では,毎年300株前後が全国で分離されているが,おおよそ90%は輸入事例である。一方,国内では,本菌による下痢症の集団発生も以前から散見され,1960年代には上田ら(日本公衛誌,10:67,1963),堀ら(日伝誌,39:433,1966),1970年代にも塚本ら(大阪府公衛研所報,食品衛生編,9:139,1978)の報告がある。最近では,船橋ら(平成2年度地研全国協議会東海北陸ブロック細菌部会抄録集p3,1990)が,アユのブツ切りによると推定される本菌食中毒例を報告している。これら集団事例の多くは,腸炎ビブリオなどとの混合感染であるが,筆者らは1992年6月,本菌単独と思われる集団下痢症を経験したので,その概要をここに記し,各位の参考に供したい。

 事件の発端は,6月17日午前10時,宇奈月町の一診療所医師からの,黒部保健所への食中毒疑いの届出であった。患者はその時点で5名,全員50〜60歳代の男性で,症状は下痢や軟便,腹痛で,発熱はなく,比較的軽症とのことであった。管轄の黒部保健所が同日直ちに患者5名の糞便を採取し,保健所と衛生研究所が分担して,広範な菌検索を行った。その結果,他の食中毒起因菌は全く分離されなかったが,患者5名中4名から,変法SS寒天(BBL)直接培養平板上に多数の乳糖非分解菌が認められた。この乳糖非分解菌は,TSIでは赤痢菌と同様の性状を示したが,運動性があり,性状検査の結果,別表のようにすべてP. shigelloidesと同定された。また,患者4名からの分離株はすべて同一の血清型,O61:H2であった。

 当初は,このグループが6月16日宿泊した宇奈月温泉のホテルの夕食が疑われたが,保存されていた検食からは,食中毒起因菌を含めて何ら病原菌は検出されず,同宿の他のグループには全く異常が認められなかった。しかしながら,黒部保健所と県環境衛生課のその後の調査により,次のような疫学的事実が判明した。

 患者らは総勢43名のバス旅行のグループで,6月16日朝大阪を出発,奥琵琶湖のあるレストランで昼食をとり,同日夕方宇奈月のホテルに着き,宴会,宿泊した。患者らの発病時間帯は,6月16日夜11時から,翌17日午前8時頃までであり,患者数は最終的に22名になった。症状はほとんどが3〜6回の下痢で,うち16名では腹痛をともなったが,発熱はほとんど認められなかった。同グループが6月16日に昼食をとったレストランでは,もう一組,新潟県の42名の旅行グループが同じ幕の内弁当(メニューは,サケ塩焼,だし巻,佃煮,エビフライ,ロールキャベツ,ふき煮物,鯉のあらい,かまぼこ,御飯;新潟グループにはこのうちサケの塩焼のかわりにイカのリングフライが出された)を喫食しており,そのうち32名も発病していた。管轄の上越保健所は,6月22日滋賀県から連絡をうけ,同日患者の検便を行ったが,日数が経過していたこともあり,何ら病原菌は分離されなかった,とのことであった。同じ昼食をとった二つのグループから,共に多数の食中毒様患者が発生したことから,滋賀県は同レストランを本事件の原因施設としたが,検食は保存されておらず,食品の検査は不能,ということであった。

 原因施設も患者も県外であったことから,本事件を富山県から食中毒事例としてあげることはできないが,集団下痢症が起こり,患者からP. shigelloidesが高率に分離された,という事実は記録に残しておくべきであろう。6月16日の昼食が原因であれば,P. shigelloidesの生態から,原因食品として最も疑われるのは“鯉のあらい”であろう。喫食時間を正午とすると,富山県で宿泊した大阪のグループの患者22名の平均潜伏時間は15時間となる。潜伏時間や症状などは,これまでの本菌による集団下痢症の報告事例と極めてよく合致している。想像をたくましくして推理すれば,今回の事件は,鯉のあらいを喫食して,平均15時間の潜伏時間の後に,下痢に腹痛をともなうが比較的軽い症状で経過した,P. shigelloides O61:H2による食中毒事例である,といえるのではなかろうか。富山県では,この菌による事例は,前述の上田らの報告以来31年ぶりのことである。当時は,この菌はParacolon C27と称されていた。

 なお,本菌の健康保菌者はまれということであるが,その後富山県内で,無症状の給食従事者1名から本菌が見出されている。



富山県衛生研究所  児玉 博英,磯部 順子
富山県黒部保健所  南部 厚子
富山県厚生部環境衛生課 冨田 良一
国立予防衛生研究所 島田 俊雄


患者から分離されたPlesiomonas shigelloidesの主要症状





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