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Vol.13 (1992/10[152])

<特集>
腸チフス・パラチフス 1990・1991


 腸チフスおよびパラチフスは持続性の高熱を主徴とする全身性の感染症で,いずれも伝染病予防法の対象疾患であり届出が義務づけられている。本疾患に関してはさらに,感染源の究明とその対策のために,分離株のファージ型別を組み込んだサーベイランスシステムがとられており,わが国における発生の全貌が掌握できる。

 発生数の推移:1974〜1991年の18年間に5,321例の腸チフスおよび680例のパラチフスが発生した。両疾患とも近年,発生数の減少傾向と,輸入例の割合の増加傾向が顕著である。1990年の腸チフス発生数は116,パラチフス発生数は24,91年はそれぞれ106,22であった。輸入例の割合は,1990年は腸チフス46.6%,パラチフス58.3%,91年はそれぞれ42.5%,72.7%であった(表1)。

 診定方法と分離菌株供試状況:1990〜91年の腸チフス患者187人中176人(94%),パラチフス患者44人中42人(95%)が臨床診断ではなく菌検出をまって診定された。発病から診定までに要する日数は年により多少の違いはあるもののほぼ一定で,過去15年間の平均は腸チフス14日,パラチフス15日であった。腸チフスでは保菌者を含む発生総数の98%,パラチフスでは91%の分離菌株についてファージ型別が実施された(表2)。患者からのチフス菌およびパラチフス菌検出材料は,60%以上が血液,約20%が便であった。一方保菌者からのチフス菌検出材料は60%が便,26%が胆汁であった(表3)。

 年齢別・性別腸チフス患者発生状況:かつては男女とも低年齢層に発生が多かったが,1984年以降は青壮年層での発生が多くなった。特に20〜29歳の発生は1986年の20%から1990年40%,1991年44%と倍増した(図1)。輸入例の割合もこの年齢層できわめて高く,この年齢層に海外渡航者が多いことの反映であろう。パラチフスでも腸チフスと同様の傾向がみられ,20〜49歳の男性に発生が多く,輸入例の割合も高かった。

 1975〜1991年の腸チフス患者総数3,941のうち男2,307,女1,634,性比は1.4であった。パラチフス患者では総数705のうち男483,女222,性比は2.2であった。

 推定感染地別ファージ型別発生数:1990〜1991年の腸チフス発生総数は222で,うち123例が国内事例,99例が輸入事例であった。推定感染地別ではインド亜大陸および東南アジア地域での感染が79例(80%)を占めた。国別ではインドが25例で最も多く,次いでインドネシア21例,フィリピン9例等であった。検出されたファージ型は22種で,国内例からは18の型が,輸入例からは17の型が分離された。ファージ型分布ではインド亜大陸での罹患者からはA,C5,E1,M1,O,UVS1の各型が,東南アジアでの罹患者からはB1,D2,UVS1の各型が高頻度に検出され,これらの菌型の流行が示唆された(表4)。パラチフスの推定感染地でもインド,インドネシアが1位であった。パラチフスA菌は1,2,4,5,UTのファージ型が検出された。ファージ型5がインドネシアでの罹患者から高頻度に検出されたこと,従来タイでの罹患者に限られていた2型がインド亜大陸での罹患者からも検出されたのが注目される(表5)。

 薬剤耐性チフス菌の検出状況:CP耐性チフス菌は1967〜1981年までに6株検出された。これらはいずれも国内で罹患し,しかも回復期患者から分離されたものであった。1983年以降1991年までに検出されたCP耐性チフス菌は20株中19株が海外由来事例からのものであった。1990年には,パキスタンでファージ型M1,CP・TC・SM・ABPC・SXT多剤耐性腸チフスが流行しているので注意するよう国際的に警告が出された。これと一致してわが国でこの年検出された多剤耐性M1の2株はいずれもパキスタンでの罹患者から検出されたものであった。この年にはまたCP耐性チフス菌による集団発生がインドからの帰国者にみられた(表6) (本月報Vol. 11,bV参照)



表1.わが国の腸チフス,パラチフス発生状況(1974〜1991年)
表2.腸チフス・パラチフスの診定方法と分離菌株のファージ型別供試状況
表3.チフス菌・パラチフスA菌の材料別検出状況(1990年,1991年)
図1.腸チフス患者の年齢分布
表4.腸チフスの推定感染地別ファージ型(1990年,1991年)
表5.パラチフスAの推定感染地別ファージ型(1990年,1991年)
表6.CP耐性チフス菌の出現状況





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