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毎年各地で繰り返される乳幼児中心の冬季胃腸炎下痢症流行の主因となっているA群ヒトロタウイルス(HRV)には複数の血清型と2種の亜群がある。現在,各血清型特異単クローン抗体とELISA法の組合せによる血清型疫学や型別診断が可能となった。岐阜衛研では1986年以降,地域内に出現する流行関連血清型動向に着目し,札幌医大浦沢正三教授の指導を得て下痢症定点観測を続けている。これまでの調査で,流行ごとの血清型相対出現分布変化変動や流行主血清型置換変遷が見つかるなど興味あるHRV流行実態が明らかになってきた1-4)。これらの現象が隣接県や離れた県でどの様に現れているかを広域的に調査することはHRV疫学上重要であり,また,今日まだ知られていないA群HRV血清型流行実態の把握は,今後のHRV流行予測やその対策に意義あると考えられる。この目的のためには,試薬・検査術式・標品類を標準化し,統一した上で一斉調査を行い,成果を比較解析することが望ましい。以上をふまえ,第38回日本ウイルス学会の折,浦沢教授をはじめ本州3横断面に位置する各県衛生研究所研究者らにこの調査計画を提案し,平成3〜5年を調査継続目標に厚生科学医療研究事業として課題申請し,採択されるに至った。現在,第2時調査年度を迎え調査活動が各地で開始されている。本著では平成3年度調査概況を紹介する5)。
厚生科学研究班初年度調査概況
この研究班は「A群ヒトロタウイルス(HRV)流行における血清型疫学解析研究」と題し,関越,中部,山陰山陽地方の8県分担研究者で共同研究班を構成し,斑統一血清型別術式と診断試薬・標品類の標準化の準備をして実施に臨んだ。
冬季胃腸炎下痢症流行の各地特性調査:各分担地方の過去3年間の県感染症サーベイランス疾病情報月報(乳児嘔吐下痢症)から定点患者数(標準化指標)を算出し,各地の月平均気温推移と対比分析した。
下痢症患児糞便A群HRV抗原検索:各分担研究者は定点観測地域と協力医療機関を定め11月から翌年3月を規定期間として胃腸炎下痢症患児便を病歴情報と共に採取し,その抽出液から抗原検索を通常法(市販キットまたは自験法)で行い,陽性便をA群共通単クローン抗体ELISA法で再確認した。
ELISA血清型別検査:班統一術式「各血清型特異単クローン抗体によるELISA血清型別法」と試薬・標品類は当斑独自で標準化統一を図り,一律配布し実施した。判定は視覚判定後,吸光度測定し数値判定した。
性別・月別・年齢別成績集計:各分担研究者から調査地域対象者について抗原検索と型別成績を含む性別・月別・年齢別成績を班調査表にて集計した。
成績および考察
胃腸炎流行と気象関連:流行が気温変化に密に連動していたことは既に報告した。そこで今回当班では本州横断面(関越,中部,山陰山陽)8地域の過去3年間を分析した結果,どの地域でも患者発生の増加減少に影響する地域特有気温水準が存在し,関越・中部では10℃,山陰山陽では12℃と推定された。
HRV流行は気候風土を異にする世界各地で特異な流行像を呈しており,本邦の様に温〜亜寒帯に位置するところでは冬季流行が定着している。今回の地域比較で,太平洋,瀬戸内海,日本海側ともに規模は異なるものの同様な流行傾向を観察できたことは大変興味深い現象であった。
A群抗原検索:8地域全体で811例調査し,抗原一次陽性276例(34%),さらにELISA再確認検査陽性が260例(一致94.2%)であった。
ELISA血清型別:再確認陽性例を型別した結果,194例(74.6%)が1〜4型に型別され,1型128例(49.2%),2型46例(17.7%),4型12例(4.6%),3型8例(3.1%)で,66例は型別未定であった。地域別では,図1に示した様に中部では,岐阜と福井で1型が,富士で1型より2型がやや優位であった。山陰山陽では,すべて1型優位であった。また,関越では,千葉1型,新潟2型が優位で,各地流行主血清型と型相対的出現頻度分布に差異を認めた。
岐阜定点における過去6年間の血清型出現状況(図2)をみると,各流行年ごとに主流行血清型や型出現分布が変遷したことが観察される。
わずか4種の血清型が流行の大部分を占め,初感染年齢も一様に低いにもかかわらず,毎流行ではいずれかの型が主役を演じていることは大変興味深い。
RNA泳動比較:今回最多の1型を岐阜,福井,富山,新潟について比較した結果,すべてL型で同一地域内の株はすべて同様泳動パターンを示し,地域内でのウイルス均一性が示唆された一方,HRV外殻蛋白の中和に関与するVP7蛋白をコードするセグメント5,7〜9の移動度で地域相互に微妙な違いを認め,地域特性が観察された。今後,各地域相互の血清型や泳動分析などを合わせて行いつつ比較解析したい。
亜群血清型決定:今回,岐阜陽性例のみについて亜群血清型を決定した結果,現在まで広く認識される亜群型と血清型の組合せ以外の亜群型は検出されなかった。なお,現在の第2次調査からは各地ですべて亜群血清型決定を実施する予定である。
文献
1)Urasawa, S. et al., J. Infect. Disease 160:44-51, 1989
2)川本尋義他,小児科臨床 42:1493-1498,1989
3)Kawamoto, H. et al., Microbiol. Immunol. 34:675-681, 1990
4)田中 浩他,日本小児科学誌 94:2030-2304,1990
5)川本尋義他,本州断面8地域におけるA群ヒトロタウイルス血清型疫学的研究第1報,第40回日本ウイルス学会総会
執筆文責 川本 尋義
研究班構成:川本 尋義・河合 信,松本 和男,長谷川 澄代,森田 修行,
篠川 旦,篠崎 邦子,板垣 朝夫,川本 歩,石田 茂,藤井 理津志,
浦沢 正三(岐阜衛研,福井衛研,富山衛研,新潟衛公研,千葉衛研,
島根衛公研,鳥取衛研,鳥取保健所,岡山環保センター,札幌医大)
図1.A群HRV血清型疫学
図2.岐阜地域定点観測調査におけるA群HRV血清型の年次月別出現状況
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