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Vol.14 (1993/10[164])

<国内情報>
日本における広東住血線虫ならびにその感染者の発生状況


 広東住血線虫はその名が示すように,1933年に中国広東省のネズミの肺動脈から見出され,命名されたものであるが,人体症例は,1945年に野村・林により,好酸球増多症を伴った脳膜炎を患って死亡し,解剖に処された15歳の台湾の少年の髄液内に本虫が見出されたのが最初である。ところが本論文は和文での報告であったため,長らく注目されなかった。1960年代になって,タヒチ等太平洋諸島において好酸球性髄膜脳炎で死亡した患者の脳に多数の本虫が発見され(Rosen et al.,1962),タヒチ産ネズミに成虫が(Alicata,1962),クルマエビに第V期幼虫が見出され(Alicata & Brown,1962),好酸球性髄膜脳炎と本虫との関係が指摘され世界的に注目されるに至った。

 当時わが国は本症を対岸の火と考えていたが,西村ら(1964)によって沖縄産のネズミから本成虫が発見され,さらにその後,わが国各地のネズミならびに中間宿主において感染のあることがわかってきた(図1)。しかも,1970年には沖縄県での患者の発生を見(表1),現在では沖縄のみならず北海道,東京,神奈川,静岡,島根,高知,徳島,鹿児島県などを含めて34例の患者が報告されている。

 ネズミの肺動脈に寄生する雌成虫が産出した虫卵は血流によって肺の毛細管に運ばれ,孵化した第T期幼虫は肺胞壁を破り,気管,食堂,腸から糞便とともに排出され,中間宿主である軟体動物,まれにエビやプラナリア等に取り込まれて第V期幼虫となる(約2週間)。わが国における主要中間宿主はアフリカマイマイ,アシヒダナメクジ等である。

 ヒトへの感染は第V期幼虫をもった中間宿主を生あるいは不完全調理,その他薬用,精力剤などの目的で故意に摂食することによって起こる。また,宿主が傷つき,あるいは死亡した時,第V期幼虫が水中に遊出し,水と一緒に経口感染する。第V期幼虫は水中で9日間生存し得る(安里,1973)。

 ヒトが感染した後発症するまでの期間は16.5(12〜28)日と報告されている。感冒様症状をもって始まり,幼虫が脊髄から脳に侵入するので,臨床所見は@頭蓋内圧上昇に伴う髄膜刺激症状の見られる髄膜炎型と,A脳障害症状を伴う麻痺型があり,いずれも神経障害が現れるのが特徴である。

 診断は直接診断と間接診断がある。本症に対する特効薬はないが,軽症患者は数日から数カ月で治癒し,予後も良好である。



予研寄生動物部 影井 昇


図1.我が国における広東住血線虫の終宿主並びに中間宿主における感染状況
表1.我が国における人体広東住血線虫感染者報告





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