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Vol.14 (1993/12[166])

<国内情報>
1992/93インフルエンザシーズンにおける流行の特徴とウイルスの変異


 特集の記述にもあるように,このシーズンはB型とA香港型による混合流行となり,それ自体は取り立てて珍しいことではないが,ここで一つ気にとめておいた方がいいことがある。B型インフルエンザの走りは,往々にして南西の方にあるということである。今年のウイルス分離の第一報は確かに静岡県からもたらされたが,流行規模から考えて,走りの主舞台は大分県であったかもしれないということは,1981年の初夏,沖縄県の1離れ小島で検証されたB型ウイルスの流行,1987年の4月から5月にわたって四国と九州で確認されたB型インフルエンザの発生と比べると印象深く理解できる。

 第2の特徴は流行ウイルスに関するもので,2つの型あるいは変異種ウイルスが同じシーズンに現れる場合,両ウイルスの活動の頂点が多くの例において微妙にずれるが,本シーズンのB型とA香港型のそれは双方においてきれいに重なったということであろう。全国のサーベイランス事業と,当研究室独自で発掘しているウイルス分離情報の整合に比較的信頼がおけるので,A香港型の活動が1992年12月の第2週から1993年2月の第1週に集中していること,B型は1992年10月の第1週を起点にして1993年3月の第5週にわたり散漫に広がっていた,ということも追加できよう。

 第3に,A香港型が流行の後半に入ってもなぜ猛威を振るえたかの背景について考えてみよう。インフルエンザの流行規模は決して単純な要因によって支配されているとは考え難く,相互に強く影響し得る事実の変数の影響を受けていると考えられる。ただ,それぞれの因子が等価で作用することはありえず,おそらく,その中で抗原変異の占める位置は大きいと考えられるので,A香港型流行ウイルスの抗原分析の様子について説明してみることにする。まず,表1の上の段に,A/貴州/54/89からA/ブラジル/2/91のフェレット感染免疫血清を並べ,左の縦の枠に各地検から送られてきた分離ウイルスの抗体への反応程度を調べてみた。要約してみると,次の3点について言及することができる。一つは,大部分のウイルスはA/ブラジルに近いこと,第2に少数のものがA/滋賀に高く反応していること,第3の点,これは重要なことだが,すべてのウイルスがワクチンの中に入っているA/北京/352/89とほとんど反応していないか,あるいは,せいぜい32〜64という低いHI値を示していることである。当然のことながらワクチンの効果も論議の対象になろうが,今のところ,これを汲み取る器がない。

 表1の成績を考察する限り,上に述べた3つの結論は正しい。問題は,今年のA香港型が本当にA/ブラジル型であったかどうかであるが,このことを調査するため,表1に使用した抗体に加え,表の下段に位置するA/北九州/159/93で免疫血清を作り,再度抗原構造を比較することにした。成績は表2の通りである。抗原分析の結果からも,どのようにA/北九州/159/93ウイルスが変異してきたかということが,さらに,先に述べた結論を修正しなくてはならない状況が生まれてきた。確かに,A/ブラジルの抗血清で見る限り,A/ブラジルとA/北九州は同じように思えた。ところが,A/北九州の抗血清は自分に2,048という高い値を示す時,A/ブラジルには僅か128となり,大幅な抗原変異が起こっていたのである。A香港型が後半に入っても安定した活動を維持できた原因の一つは,こうしたウイルスの変異にあったのではないかと考える。

 この現象をもっと近くで比較するため,A/北九州も含めてHA遺伝子の塩基配列を決め,これを基礎にした進化系統樹でウイルスが分化していくパターンを調べた。今年の代表株として選んだA/北九州とA/横浜/73/92は,1989〜92年にわたって流行した日本,米国,あるいは中国のウイルスとは明らかに区別され,しかも遠距離に分化していることが理解できた。さらに,これに関連した現象にもっと深く立ち入るため,HA分子の立体構造を比較してみると,A/北九州は,細胞のレセプターに結合する領域で10個以上のアミノ酸が変化していた。ワクチン株のA/北京/352/89,あるいはA/ブラジルにおいて起こったA/北九州との抗原−抗体反応の落差は,この変異したアミノ酸の数の多さと場所に関係していたと理解しておこう。また,進化系統樹上でも,新たな分派行動を取ったことは,HA分子全体に変化が分散していたことも示唆している。

 しかし,表3に現れているように,流行したB型ウイルスに,大勢において変化は認められなかったと判断することはできるが,第1と第2の系統に分別されるB型の中で,もう消えてしまったと考えられていた後者の系統のB/Victoria/2/87株様ウイルスが,大阪でPCRで釣り上げられたということも付け加えておきたい。



予研ウイルス第1部呼吸器系ウイルス室
日本インフルエンザセンター


表1.A香港(H3N2)型抗原分析
表2.1992/93インフルエンザシーズンに流行したA香港(H3N2)型ウイルスの抗原変異
表3.B型抗原分析





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