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急性出血性結膜炎(AHC)の診断はウイルス分離を行うことが確実な方法であるが,コクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)とともにAHC起炎ウイルスであるエンテロウイルス70(EV70)は1983年の分離例を最後として現在まで分離が成功しておらず,その生態は長く不明であった。宿主細胞の組み合わせに工夫を要するともいわれている。今回われわれはRT-PCR法を用いて最近の沖縄における流行株の検出を行った。
今回の流行は1986年以来8年ぶりのAHCの大流行であったが,前回はCA24vによるものであった。厚生省感染症サーベイランスの5カ所の観測定点から週ごとの新規の発症者数は9月上旬から増加しはじめ,10月のピーク時には約800例の多数の発症が報告された。1994年末までに7,509例が報告されている。
材料はウイルス分離に72眼,血清抗体価測定に10例,PCR法に57眼を用いた。これらは1994年9月〜11月までの期間に沖縄本島において臨床的にAHCと診断された症例から採取されたものであった。ウイルス分離にはHEp-2,RD-18S,Vero,HaLa細胞など通常用いられているものを用いた。血清学的診断にはAHCのEV70標準株であるJ670/71株に対する中和抗体価測定を回復期の症例の血清を用いて測定した。しかしウイルス分離は72眼すべて陰性であった。中和抗体価は10例中3例で8倍以上であった。
PCRはRNAウイルスであるEV70から逆転写した鋳型であるcDNAをもとにDNAを増幅させるRT-PCR法によった。簡略化すると以下のような方法である。ウイルスRNAの抽出はJiangら(1992)によるCTAB法によって行った。オリゴヌクレオチドプライマーはTakeda(1989)らおよびRyan(1990)らによって決定されたEV70・J670/71株の塩基配列からキャプシド構成蛋白VP1およびVP2領域をコードする各部位において制限酵素Hinf I切断サイトを含む位置にプライマーを作成した。VP1領域は141bp,VP2領域は214bpである。これらのほかにエンテロウイルス共通プライマーとして,Chapmanら(1990)やRotbart(1990)によるものも使用した。実際には反応試薬を含む逆転写酵素用緩衝液15μlにRNA溶液5μlを加え37℃で1時間反応させてEV70 cDNAを作成し,定められた条件で各ステップを40cycle繰り返しウイルスDNAを増幅させた。その結果,エンテロウイルス共通のプライマーによるPCRでは30眼中22眼(73%)が陽性であった。EV70 VP1領域のRT-PCRではEV70プロトタイプウイルス(J670/71)と同じ141bpのバンド12/27(44%)に陽性であった。VP2領域を検出するRT-PCRでも同様の214bpのバンドが見られた。検体採取時期とEV70のPCR陽性率を検討すると,第1病日では全例がPCR陽性だが,第2病日50%,第3病日57%となり,4病日以降の検体ではどれもPCR陰性という興味深い結果が得られた。
以上のように,EV70によるAHCのようにウイルス分離が困難な疾患においても,PCR法を応用することによって病原体の検出,鑑別が可能になる。PCR法をもちいた起因因子の検出は臨床診断,感染対策や疫学などの面でも重要な意義を持つと考えられる。
横浜市立大学眼科 内尾英一
青木眼科 青木功喜
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