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Vol.16 (1995/11[189])

<国内情報>
わが国のヒトヒフバエ症


 ヒトヒフバエを含むヒフバエ科幼虫は哺乳動物の皮下に寄生するが,人体にもしばしば見られる。特にDermatobia hominis(以下D. hominisと略)は,メキシコからアルゼンチンあたりの新熱帯区に分布する。体長15〜18mmであり,産卵しようとするD. hominisは,蚊(特にPsorophora属),ハエまたはダニを捕え,その腹部に卵を付着せしめる。卵内にできた幼虫は,昆虫が温血動物より吸血する時,動物の体表に付着し,その体温によって孵化し,1時間以内に宿主の皮膚に潜入する。幼虫はそこで摂食成長して2回脱皮し,第2令幼虫になる。本幼虫は徳利状で黒色の側棘が帯状によく発達し,体を潜入組織に固着する。幼虫の発育は1.5〜3カ月,皮膚から脱した幼虫は3〜4週間で蛹になる。羽化した成虫は交尾し,1回の産卵で死ぬ。

 このD. hominisによる皮膚蠅症は,1974年に影井ら(Jap. J. Trop. Med. Hyg. 2:181-185)がわが国で最初に報告して以来,自験例を含めてこれまで13例の報告がある。これらの症例はいずれも中南米で罹患しており,表1に示されている。

 自験例は21歳男性。1994年9月ピラニアの捕獲目的でブラジル・アマゾンに旅行し,ジャングル内を歩いたり,川で行水をしていた。旅行中右上腕を蚊のような昆虫に刺された。その2日後より,右上腕虫刺部に発赤・腫脹を生じるようになり,中心部には硬結がみられ,血漿侵出液を伴う瘻孔を認めるようになった。帰国後,受傷11日目には右腋窩リンパ節の腫脹がみられるようになった。受傷14日目,患者自身が瘻孔より出現してきた虫体の採取に成功し,虫体を持参の上,神戸大学医学部皮膚科外来を受診した。体長はおよそ17mm,白色の徳利状頭部とふくらみのある胴体部分には,黒褐色の側棘よりなるリング状の模様が肉眼的に認められた。患者の旅行地,病歴,摘出虫体の形態学的特徴より,ヒトヒフバエの2令幼虫と同定された。血液学・臨床化学検査所見では,特に異常所見は認められず,好酸球上昇もなかった。

 これらの症例の特徴として,(1)メキシコからブラジルまでの地域の居住歴があること,(2)罹患部位が通常露出部であること,(3)軽度の炎症をともなった節様の丘疹が主体であること,ただしこの丘疹,結節において二次感染を併発した時以外は排膿はみられないこと,(4)皮疹はその頂点に瘻孔を有し,絶え間なく漿液の排出がみられ,幼虫が気門を出し入れするのが観察されることで,本症例の局所所見と一致した。

 治療は幼虫を除去することで,そのためには(1)圧出法,(2)瘻孔を塞ぎ,幼虫の自然脱出を待つ法,(3)局麻下の外科的切開摘出法などがある。

 本症は,中南米に罹患が限られているが,国際化時代の海外渡航者急増によって,輸入寄生虫症の一種としていよいよ増加することが予想される。しかし,D. hominisがわが国に土着する可能性は極めて小さいと考えられる。



神戸大学医学部医動物学教室
松村武男 西岡恵里 船坂陽子 市橋正光


表1. わが国におけるヒトヒフバエ症の報告例(1974〜1995)





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