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Vol.17 (1996/4[194])

<国内情報>
山梨県における日本住血吸虫病(山梨地方病)流行終息宣言について


 山梨県知事の諮問機関である山梨県地方病撲滅対策促進委員会は,「今後の地方病対策について」との諮問に対し,平成8年2月13日,「山梨地方病の流行は終息し安全である」旨の答申をおこなった。

 山梨県の日本住血吸虫病については,昭和60年,県内外の研究機関が協同して本病の大規模な実態調査を実施し,「今後本県有病地での流行は起こらないものと思われる」との結論を発表した。同県では,その後も引き続き同病の予防事業,監視事業をすすめてきた。今回の答申に当たっては,上の実態調査の結果のうえに立ち,その後の10年間に蓄積された資料を加えて検討をおこなった。

 この答申の概要および山梨県の対応について報告する。

 答申書の概要

 本委員会の専門部会で,数次の検討を重ね,以下の結論において意見の一致を見た。

 1. 山梨県における地方病は,現時点ではすでに流行は終息しており安全と考えられる。

 2. これまで地方病流行の終息を目標とし実施されてきた地方病対策は,すでにその目的を十分果たしており,今後対策を継続する必要はないと考えられる。

 3. 住民の不安解消のために,対策終了後も監視事業等を別途検討すべきである。

 以上の結論に至った具体的な検討内容は次に記すとおりである。

 第1. 患者対策(住民検診)

 1. 住民検診の検討:毎年日本住血吸虫抗体価測定検査を実施し,この陽性者を対象として糞便中の虫卵検査を実施している。昭和52年の虫卵陽性者を最後に,その後の検査では虫卵陽性者は発見されていない(表1)。また,抗体陽性者の年齢分布は,おおむね50歳以上に限られており,若年層には陽性者は発見されていない。(表2)。これらは,長期間にわたり本病の流行がなかったことを示唆している。

 2. 今後の対応:高年齢層に抗体陽性者が多く見られるが,これは過去の感染を反映しているものであり,検診のたびに同一者が繰り返し受診している場合が多いことから,現在の感染の有無の証明にはなり難い。今後は,住民の不安を解消するためにも,住民検診は若年層に重点をおいて,数年間実施していくことが望ましい。

 第2. 感染源対策

 1―1. 感染貝調査の検討:感染源の確認には,中間宿主である宮入貝を検査して直接日本住血吸虫の感染を証明する方法がある。この方法による調査は,毎年生息地内の宮入貝を採取し実施しているが,昭和51年に発見されたのを最後に,感染貝は発見されていない(表3)。

 1―2. マウス浸漬調査の検討:感染源の確認には前述の方法の他に,宮入貝から水中に游出したセルカリアをマウスに感染させ証明する方法がある。このマウス浸漬調査では,昭和58年に感染が認められたが,綿密な疫学調査をおこなった結果,他に陽性は認められず,地方病の流行はなかった。同調査で,この年以降感染マウスは確認されていない(表4)。

 以上の2方法による調査結果から,感染源の存在は否定されている。

 1―3. 保虫宿主調査の検討:保虫宿主のうち問題となる野鼠について,毎年感染状況調査を実施しているが,昭和52年以降感染野鼠は発見されていない(表5)。さらに,平成7年度に宮入貝の生息している9市町村で大規模な野鼠調査をおこない,従前の調査結果を補強した。捕獲した野鼠に日本住血吸虫の感染は認められなかった(表6)。宮入貝生息地内における野鼠は,生息密度が年々減少しており,今回の調査においても極めて低いことから,保虫宿主としての重要性は低下していると考えられる。

 1―4. 輸入感染症としての検討:地方病が輸入感染症として国内に持ち込まれる可能性は極めて低く,さらに現在の衛生環境等を勘案すると,本県において再流行の原因となる可能性はほとんど無いと考えられる。

 2.今後の対応:宮入貝の生息地域内において,感染源の監視として,定点観測による感染貝調査およびマウス浸漬調査を数年間継続する必要があると考えられる。

 第3. 宮入貝対策

 これまで,地方病対策の中心的役割を果たしてきた殺貝事業は,感染貝の殺滅と日本住血吸虫の生活環の遮断により,地方病の流行の抑制を目的に実施されてきた。感染貝の根絶のための殺貝は,流行期において患者を減少させるために極めて有効であった。さらに,長期にわたる対策は,貝の生息地域を減少させるとともに感染源の減少と相まって流行の再発を抑制してきた。しかし,新たな感染者が発生しておらず,また感染源がなくなっている現在,殺貝事業の継続についての検討が必要となった。

 1. 殺貝事業の検討:殺貝剤の散布をはじめとする各種の殺貝事業や農業形態の変化などにより,宮入貝の生息面積は縮小し,高密度生息地域も半減した。現在,甲府盆地北西部の韮崎市,八田村,白根町などの一部地域に宮入貝が残存しているが(表7),この地域においても昭和52年以降感染貝が発見されていないことから,地方病対策としての殺貝事業はすでにその役割を終えたと考えられる。

 2. 今後の対応:殺貝事業は,地方病の流行を抑制することが本来の目的であり,この目的がすでに達成され,流行が終息したと考えられる現在,事業継続の必要はない。しかし,地域住民の不安を解消するために,今後,数年間は宮入貝の定期的な生息調査等を実施することが望まれる。

 山梨県の反応

 この答申を受けて,山梨県知事は平成8年2月19日,日本住血吸虫病の流行終息宣言をおこなった。これにより県は,今後の地方病対策として宮入貝の殺貝事業を廃止し,監視事業に力を入れていくこととし,平成8年4月施行を目途に「地方病撲滅対策実施要綱」の更改,およびこの「要綱」に対応するための体制づくり等に着手した。



山梨県地方病撲滅対策促進委員・同専門部会長 飯島利彦


表1. 血中抗体価測定検査および糞便検査結果(昭和60年度〜平成6年度)
表2. 血中抗体価陽性者の年齢分布(平成6年度)
表3. 感染貝調査結果(昭和60年度〜平成6年度)
表4. マウス浸漬調査結果(昭和60年度〜平成6年度)
表5. 野鼠感染状況調査結果(昭和60年度〜平成6年度)
表6. 野鼠感染状況調査結果(平成7年度)
表7. 宮入貝生息地面積(昭和60年度〜平成6年度)





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