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奈良県における1995/96シーズン(1996年3月まで)のインフルエンザウイルス分離数は61株で,すべてAソ連(H1N1)型であった。
この期間中に感染症サーベイランス定点の一つである奈良県立医科大学小児科で脳症と診断された2歳児の髄液を用いて,MDCK細胞によるインフルエンザウイルスの通常分離を実施した。MDCK細胞初代培養ではウイルスは分離されず,2代目で分離されたがHA価が低く同定には至らず,3代目でHA価も上昇し,同定するに至った。このウイルスは国立予防衛生研究所に送付し,抗原分析を依頼中である。MDCK細胞と並行してRD-18S,HEp-2,Veroの各細胞でもウイルス分離を試みたが陰性であった。臨床症状および経過を以下に示す。
症例:2歳,女児
分離ウイルス:インフルエンザウイルスAソ連(H1N1)型―髄液より
主訴:頑固な嘔吐と傾眠傾向
家族歴,既往歴:特記事項なし
現病歴:1996(平成8)年1月20日何となく元気なく,食事摂取は日頃の6割程度であった。発熱なし。感冒様症状なし。翌21日朝から3回嘔吐し,顔色不良のため近医で輸液を受けた。食事はほとんど摂れなかった。22日も嘔吐が続き活気がなく近医で輸液を受けた。しかし,その後歩行困難,起立不能となり傾眠状態も出現したため同日夜間,当科に緊急入院した。
入院時検査成績:WBC 8,000/μl,CRP 0.3r/dl,BS 129r/dl,NH3 91.5μg/dl,AST 28IU/l,ALT 10IU/l,BUN 6r/dl,Cr 0.2r/dl,Na 131mEq/l,K 4.9mEq/l,Cl 96mEq/l,Cerebrospinal fluid(cell:5/3,Pandy(−),Sugar:not reduced),頭部CT,MRI:異常なし。
以上の検査所見に加え,入院時の髄液よりインフルエンザウイルスAソ連(H1N1)型が分離されたことから同ウイルスによる脳症と診断した。
入院後経過:入院時わずかに痛覚刺激に反応したが(JCS200),翌23日痙攣重積,呼吸停止状態となり人工換気を施行。その後もγ-グロブリン製剤やステロイド剤,脳圧下降剤などintensiveな治療を続け,1月30日に自発呼吸が現れ救命し得た。しかし,意識障害,運動障害が残り,4月1日現在もリハビリを中心として治療,療養中である。
本症例の特徴として,発熱や感冒様症状に全く気づかれず,突然嘔吐で発症したこと,保育所には行っておらず,家人にも先行する感冒様症状を認めなかったこと,B型やA香港(H3N2)型に比し,脳症合併の報告の少ないAソ連(H1N1)型での発症であったことが挙げられる。
奈良県立医科大学小児科学教室 松永健司 中 宏之 吉岡 章
奈良県衛生研究所 市川啓子 谷 直人 中野 守 今井俊介
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