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腸管出血性大腸菌O157による食中毒および感染症が,平成8(1996)年5月下旬から全国で相次いで発生し,7月には大阪府堺市で8,000人を超える発症者を出す大規模集団例の発生を見た。続発症による死亡者も出るに及んで大きな社会問題となっている。本県においても7月末の時点で4件食中毒が発生し,散発事例も29例報告されており,そのうち1名が死亡している。
本菌感染症は潜伏期間が長く,感染源を確定することが困難であるといわれているが,今回,県域で発生し感染源が追究できた事例とその検査法について紹介する。
T. 検査方法
腸管出血性大腸菌O157を効率よく分離するため免疫磁気分離Immunomagnetic Separation(IMS)法を用いた。検査法の概略図に示した。
a)増菌培養法:高圧滅菌したTrypticase Soy Broth(TSB,BBL)およびTSB培地にCefixime(50μg/l,藤沢薬品),Potassium tellurite(2.5mg/l,Sigma),Vancomycin(40mg/l,Sigma)を添加した培地(TSB-CTV)の2種類を併用した。
b)IMS法の操作:試料をTSBおよびTSB-CTV培地で36℃,6時間培養後,各々の培養液の1mlをエッペンドルフ型チューブに移し,DYNABEADS anti-E. coli O157(Dynal社)を20μl添加し,室温で30分間穏やかに混和,反応させた。磁石板でチューブ壁に細菌(O157)ビーズ結合体を3分間情置して集めた。試料液を吸引除去したのち,磁石板を抜き取り、洗浄緩衝液(PBS-Tween)を1ml加え、チューブを3回反転させてビーズを洗浄し,再度磁石板で吸着,洗浄液を吸引除去した。この洗浄操作を3回繰り返した後,洗浄緩衝液100μlに再懸濁させた。捕捉ビーズ懸濁液をミキサーで混和し,選択分離培地に塗抹した。
c)分離培養法:Sorbitol MacConkey Agar(SMAC,OXOID)を高圧滅菌後,Cefixime,Potassium telluriteをTSB-CTV培地と同容量添加して作製した培地(CT-SMAC)を選択分離培地に用いた。2枚の選択分離培地に捕捉ビーズ懸濁液を各々50μl塗抹し,36℃,18〜20時間培養した。培地上に発育した乳白色のソルビット非分解集落を釣菌,確認培地に接種培養後,定型的なE. coli性状のものを診断用血清(デンカ生研)でスライド凝集反応を行い,100℃,1時間の加熱抗原でも同様に凝集することを確認してO抗原を,また半流動培地を3〜5回通過させ,運動性を強化した菌を用い試験管内凝集反応法によりH抗原を決定した。
d)毒素型試験:分離株の毒素産生型は,VT1とVT2を独自に検出する小林らの報告に従い,PCR法で2組のプライマーを用いて行った。増幅されたPCRサンプルを1.5%アガロースにて電気泳動し,染色後811bpと471bpのVT1,VT2遺伝子を確認した。
e)DNAパターン分析:感染経路および汚染源追究のため,パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)による解析を行い遺伝子学的な菌株間の異同について,国立予防衛生研究所と共同で検討した。
U. 事例概要および感染源の追究
患者は三浦市内の小学4年9歳の男子児童で,6月12日に発症し,頻回の水様性下痢,14日夜からは出血性下痢を呈し横須賀市内の病院に入院,18日に大腸菌O157が検出され,当衛生研究所で腸管出血性大腸菌O157:H7(VT2陽性)であることを確認した。三崎保健所の調査では,患者が通学している小学校の欠席状況は通常の欠席率であり,当所で実施した学校給食共同調理場のふきとり,検食,従事者の検便等から当該菌は検出されなかった。しかし,6月8日に患者は家族で市内の焼肉店を利用し,患者と父親のみが牛レバー刺しを喫食していたことが判明し,この喫食調査結果から原因と思われる施設を特定した。三崎保健所は18日に焼肉店の立ち入り調査を行い,患者が喫食した牛レバーと同一ロットのものが残されていなかったため,参考品として同店にあった別のレバーおよびその他の食品を収去し,施設のふきとり,従業員の検便を実施したが,当該菌は検出されなかった。しかしながら,検査法にIMS法を導入し,免疫磁気ビーズによる菌検索を再度行った結果,28日に参考品の牛レバーから腸管出血性大腸菌O157:H7(VT2陽性)を検出した。これを受けて,7月2日焼肉店のふきとり,水,排水等を含む再調査を実施したが当該菌は検出されなかった。
この間,県においては牛レバーの流通経路の調査をすすめ,その仕入れ先を特定した。7月4日,焼肉店に牛レバーを卸した川崎市の卸売店に対し,川崎市が立ち入り調査を実施し,当所と川崎市衛生研究所が共同で施設のふきとり,食肉,排水等の検査を行った。その結果,卸売店から収去した牛レバー等の食肉からはO157は検出されなかったが,施設内の処理台の下板のふきとり,氷温冷蔵庫内の排水口の排水,排水溝の汚水の3カ所からO157:H7(VT1,VT2陽性)が検出された。
7月20日,国立予防衛生研究所におけるPFGEによるDNAパターン解析により,患者と参考品牛レバーから検出された菌の同一性が確認された。
本事例は,牛レバー刺しが推定原因食品,原因施設は焼肉店と特定できた事例で,流通経路の調査で卸売店のO157汚染が明確となった事例であった。
さらに流通経路上の業者に所在する北海道,栃木県および埼玉県に対し,厚生省から当該業者ならびにその先の関係業者について調査の指示が出されたが,関係各機関からO157は検出されなかったとの回答が寄せられた。
なお,県から当該焼肉店に対し,清掃の徹底,レバー等食肉の生食提供の禁止,川崎市から卸売店に対し消毒の徹底が指示された。患者は6月25日退院した。
神奈川県衛生研究所細菌病理部
図 腸管出血性大腸菌O157の検査方法
表 検体と培地量
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