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わが国における乳児ボツリヌス症は,1986年に千葉県で初めて発見され,感染源として蜂蜜が疑われた。その後1995年までに少なくとも15例の報告がみられる。このうち10例についてはやはり感染源として蜂蜜が考えられている。
今回我々が経験した症例は,蜂蜜摂食歴の全くない例であり,また,患者自宅(青果店)の店舗塵から患者由来と同一のA型ボツリヌス菌が検出されたのでその概略を報告する。
患者は3カ月の女児で,1996年3月下旬から便秘傾向が認められ,4月9日に浣腸が実施された。その後,哺乳力の低下や泣き声の減弱,筋力の低下が認められ,4月15日病院に入院した。4月16日に乳児ボツリヌス症の疑いから糞便および血清について検査を実施した。入院後1日目,15日目,36日目,77日目の糞便からA型ボツリヌス菌が検出され,さらにこれらの糞便中にもA型ボツリヌス毒素が証明された。患者血清については,入院後1日目の血清からA型ボツリヌス毒素が検出されたが,15日目の血清では陰性であった。
患者には蜂蜜摂食歴はなく,ミルクの他,果汁や自家製の野菜スープを摂取していた。冷凍保存されていた野菜スープやヨーグルト,プルーンジュース等の食品3件や井戸水についてのボツリヌス菌の検査を実施したがすべて陰性であった。さらに自宅に保管されていた種々の野菜や果物11件についても菌検索を行ったがいずれも陰性であった。入院直後の店舗および居室のダスト各1件を各々21本のブトウ糖・澱粉加クックドミート(GSCM)培地に分けて接種し30℃5日以上嫌気培養を行った結果,店舗塵を接種した1本のGSCM培地からA型ボツリヌス菌とA型ボツリヌス毒素が検出された。1カ月後にも店舗を同様に20本のGSCM培地に分けて接種し検査し,3本のGSCM培地よりA型ボツリヌス菌とA型ボツリヌス毒素が検出された。
患者が生活している部屋のハウスダストからボツリヌス菌は陰性であったが店舗塵から同型ボツリヌス菌が検出されたこと,さらに患者が自家製の野菜スープを摂食していることから,本症例は野菜に付着していたA型ボツリヌス菌の芽胞がスープに混入し,発症した症例であることが示唆された。
現在,検出されたボツリヌス菌について分子疫学的解析を進めている。
東京都立衛生研究所・微生物部
門間千枝 柳川義勢 五十嵐英夫 伊藤 武
日本赤十字社医療センター・小児科
金原博子 麻生誠二郎 大川澄男
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