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2つの小学校で同時に胃腸炎の集団発生があり,共同購入した食材を用いて給食を調理していたために,細菌性食中毒と非常にまぎらわしかった小型球形ウイルス(SRSV)による胃腸炎の事例について概況を報告する。
1995年11月16日午後3時30分,管内の診療所から,隣接したA小学校とB小学校の児童18名が主に頻回の嘔吐・腹痛,下痢(1回)にて受診している,との情報が遠賀保健所に寄せられた。どちらの学校の児童も15日夜〜16日の午前中にかけて発症し,症状は酷似していた。自校方式で給食を実施しているが,統一献立で,共同購入した食材を用いていること,患者が全学年にわたってみられることにより,本事例は2つの学校にまたがる集団食中毒の可能性がまず考えられた。しかし,冬季の食中毒様疾患の集団発生にはSRSV等が関与していることも多く,医療機関にかかった児の調査ではむしろウイルス性胃腸炎を疑わせる症状を備えていたために,11月16日当初からウイルス感染および食中毒の両方を念頭に調査・検査が開始された。
患者の発生が多かったA小学校では,最終的に在籍児童391名中193名(発病率49%),職員18名中2名(発病率11%)が罹患し,患者総数195名に達し,平均発病率48%であった。A小学校での患児の主症状は,腹痛が55%(106/193)と最も高く,悪心・嘔吐46%,軽〜中程度の発熱17%,頭痛17%,下痢12%であった。発症率は学年による差はなかったが,症状の発現頻度には学年によりかなり違いがあり,腹痛の頻度は1〜2年生が68%と最も高いのに対し,悪心・嘔吐の頻度は5〜6年生が54%と最も高く,下痢の頻度は全体では12%でしかなかったが,1年生では54%と非常に高かった。発熱の頻度は学年による差は認められなかった。また,患者発生の推移は,15,16日に発症したものが全体の46%,17日が29%と全体の75%が17日までに発症したが,19〜22日という比較的遅い時期に症状が出現したものも17%あり,人から人への二次感染の存在が示唆された。
医療機関で診察を受けた児のうち20名程が脱水症状のため点滴を受けたが,大部分の児は3〜4日で症状は消退した。
B小学校(在籍児童659名)については詳しい調査はできなかったものの,11月16〜21日にかけて毎日11〜22名の本胃腸炎によると思われる欠席者があり,出席児童においても2〜3%に有症者を認めた。
11月13日〜15日までの学校給食の献立には,SRSVで注目されているカキはなかった。給水系は上水道を利用し,受水槽内部の亀裂や配管に異常はなく,排水系統による給水設備への汚染も認められなかった。
病原検索の結果,発病児童・調理員の便,調理場のふきとりおよび検食からは,食中毒細菌は検出されなかった。しかし,症状が比較的重い患者のうち,第2,3病日に採取した10名(A小学校児童5名,B小学校児童5名)中3名(A小学校児童2名,B小学校児童1名)の便から電顕法によりSRSVが検出された。患児便から精製されたウイルスを抗原に用い,患児ペア血清との反応を電顕で観察したところ,この3名が急性期から回復期にかけて有意な抗体価上昇を示した。なお,本事例の感染源については特定することができなかった。
同じ食材を用い別々に調理している2つの小学校で同時にSRSVによる急性胃腸炎が集団発生し,発生初期には食中毒(細菌性胃腸炎)とまぎらわしい印象を与え,ウイルス性胃腸炎の集団発生でもこのような発生形態をとることがあるという点で,今後注意が必要であると考える。また,保育園等の事例で指摘されているように,小学校でも学年によって臨床像に違いが認められたことは興味深い。
福岡県遠賀保健所 田島 静
福岡県保健環境研究所 大津隆一
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