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Vol.17 (1996/11[201])

<国内情報>
動物寄生性オンコセルカの人体寄生


 オンコセルカはフィラリア(糸状虫)のなかの一群の属の名前で回旋糸状虫とも呼ばれる。このなかでは,アフリカや中南米に推定1,800万人の感染者がいるとみられる人オンコセルカ症(河川盲目症)の起因種であるOnchocerca voluulusがよく知られている。本症は皮膚症状,皮下腫瘤形成,眼症状を主症状とし,重篤な場合失明を引き起こすので,流行地では社会,経済的にも重要な疾患である。吸血性昆虫のブユが媒介者である。幸い,本症はわが国を含むアジアにはみられない。

 一方,この寄生虫の他の仲間は世界の家畜や野生動物に寄生しているが,人に感染した例は非常に少ない。これまで,クリミア,スイス,カナダおよび米国から各々1例が報告されているのみである。ところが,1987年と1995年に1例ずつ,動物寄生性のオンコセルカによる人体症例が偶然大分において見いだされた。

 第1例は2歳の女児で,左足外側部に2.2×3mmの大きさの皮下腫瘤ができたため,大学病院皮膚科を受診した。外科的に摘出された腫瘤の病理切片標本中に見いだされた虫の断面の形態から,種名は不明ながらオンコセルカと同定された。第2例は57歳の農家の主婦で,左手首内側に同様の皮下腫瘤ができ,痛みと手首より先に麻痺がみられたため,整形外科を受診した。摘出した組織中に寄生虫の一部を認め,その断面および角皮の表面構造の特徴などから,牛寄生性のOnchocerca gutturosaと同定された。2例とも虫体の直径は0.18〜0.26mmと小さく,角皮は3層からなり,0.014〜0.040mmと厚い。また,筋肉層は多筋細胞型で,消化管は直径0.015〜0.022mmと小さい。

 最近わが国で人体感染例が増加している犬フィラリアは大半が肺寄生性であるが,一部は皮下に寄生し同様の腫瘤形成がみられる。オンコセルカは形態的に犬フィラリアに似ているが,一般的には外表に隆起した筋状の横紋が見られることや,側線部に角皮内層からの隆起部が認められないことなどによって断面像によっても区別されうる。

 また,上記2患者の血清中の抗体をELISA法によって調べたところ,犬フィラリアによる感染とは区別できることも判明した。皮下腫瘤組織から厚い角皮をもつ寄生虫が見いだされた場合,オンコセルカの可能性も考えておく必要があると思われる。

 わが国からは動物寄生性のオンコセルカは6種報告されている(牛から3種,馬から1種,ニホンカモシカから2種)。このうち牛に寄生するO. gutturosaO. lienalisおよびO. sp.はいずれもブユによって媒介されるが,他の種類はまだ媒介者はわかっていない。最近,九州の大分,熊本および本州の山口,岩手の4県で調査した結果,野外で採集したキアシツメトゲブユ,ヒメアシマダラブユ,アオキツメトゲブユ,ダイセンヤマブユおよびキュウシュウヤマブユの5種から牛のオンコセルカの感染幼虫が見いだされている。これらのブユ種は地域によっては牛のほかに人からも吸血するので,今後,同様の人への感染が起こり得るものと思われる。



 参考文献

(1)Hashimoto, H. et al., J. Dermatology 17:52-55, 1990

(2)Takaoka, H. et al., Parasite 3:179-182, 1996

(3)高岡宏行,昆虫による病原体伝播のしくみ

 南山堂(印刷中)



大分医科大学医動物学  高岡宏行





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