発生動向総覧
◆全数報告の感染症
*「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の改正(11月5日施行)により、対象疾患、分類が一部変更されました(第2003年第43号「速報」参照)。
〈第23週コメント〉6月9日集計分
注意:これは当該週に診断された報告症例の集計です。しかし、迅速に情報還元するために期日を決めて集計を行いますので、当該週に診断された症例の報告が、集計の期日以降に届くこともあります。それらについては、発生動向総覧では扱いませんが、翌週あるいはそれ以降に、巻末の表の累積数に加えられることになります。宜しく御理解下さい。
1類感染症: |
報告なし |
2類感染症: |
細菌性赤痢 12例(推定感染地域:国内1例、カンボジア3例、ネパール2例、中国1例、ベトナム1例、インド1例、タイ1例、グアテマラ1例、エジプト1例) |
3類感染症: |
腸管出血性大腸菌感染症 111例(うち有症者57例)
報告の多い都道府県:大分県(46例)、長崎県(14例)
血清型・毒素型:O157 VT2(52例)、O157 VT1・VT2(23例)、O157 VT1(15例)、O26 VT1(11例)、O121 VT2(2例)、O26 VT1・VT2(1例)、O111 VT1・VT2(1例)、O128 VT1(1例)、O128 VT1・VT2(1例)、その他(4例)
年齢:10歳未満(28例)、10代(9例)、20代(24例)、30代(19例)、40代(16例)、50代(9例)、60代(3例)、70歳以上(3例) |
4類感染症: |
つつが虫病 6例(秋田県2例、青森県1例、福島県1例、新潟県1例、長野県1例)
デング熱 2例(推定感染地域:フィリピン1例、インドネシア1例)
日本紅斑熱 1例(鹿児島県)
レジオネラ症 4例(60代1例、70代3例)
A型肝炎 3例(推定感染地域:国内1例、インド1例、ペルー1例) |
5類感染症: |
アメーバ赤痢 2例 |
推定感染地域:ともに不明、
推定感染経路:ともに不明 |
クロイツフェルト・ヤコブ病 1例(孤発性) |
後天性免疫不全症候群 17例 |
(無症候7例、AIDS 7例、その他3例)
推定感染経路:性的接触14例(異性間6例、同性間7例、異性間/同性間1例)、性的(異性間)接触または静注薬物使用1例、不明2例
推定感染地域:国内12例、カナダ1例、ペルー1例、不明3例 |
梅毒 4例(早期顕症I期1例、早期顕症II期2例、晩期顕症1例)
破傷風 2例(70代1例、80代1例)
バンコマイシン耐性腸球菌感染症 1例(遺伝子型:VanA_菌検出検体:便)
急性脳炎 3例〔いずれも病原体不明(8歳、30代、60代) (補)他に、細菌性赤痢1例、梅毒2例の報告があったが、削除予定。また、報告遅れとして、E型肝炎1例(推定感染地域:国内、推定感染経路:猪との接触)、劇症型溶血性レンサ球菌感染症1例(70代、死亡)、髄膜炎菌性髄膜炎1例(0歳.推定感染地域:国内)の報告があった。 |
◆定点把握の対象となる5類感染症(週報対象のもの)
全国の指定された医療機関(定点)から報告され、疾患により小児科定点(約3,000 カ所)、インフルエンザ(小児科・内科)定点(約5,000 カ所)、眼科定点(約600 カ所)、基幹定点(約500 カ所)に分かれています。また、定点当たり報告数は、報告数/定点医療機関数です。
インフルエンザ定点報告疾患:定点当たり報告数は減少した。都道府県別では沖縄県(1.79)、
鳥取県(0.90)、広島県(0.66)が多い。
小児科定点報告疾患:咽頭結膜熱の定点当たり報告数は増加し、過去5年間の同時期(前週、当該週、後週)と比較してやや多い状態が続いている。都道府県別では新潟県(1.7)、福岡県(1.1)、石川県(1.1)、秋田県(1.1)が多い。A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の定点当たり報告数は減少した。都道府県別では山口県(3.2)、石川県(2.9)、茨城県(2.7)、福井県(2.6)、山形県(2.6)が多い。感染性胃腸炎の定点当たり報告数は2週連続して減少したが、過去5年間の同時期と比較してやや多い。都道府県別では福井県(9.1)、大分県(8.4)、兵庫県(7.9)が多い。水痘の定点当たり報告数は増加し、過去5年間の同時期と比較してやや多い。都道府県別では福井県(4.6)、島根県(4.2)、富山県(4.0)、長野県(4.0)が多い。手足口病の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では沖縄県(10.0)、広島県(3.3)、鳥取県(2.9)、熊本県(2.0)が多いが、沖縄県では高値が続いている。伝染性紅斑の定点当たり報告数は2週連続して増加した。都道府県別では福岡県(1.7)、福島県(1.2)、鹿児島県(1.1)、神奈川県(1.0)が多い。百日咳の定点当たり報告数は横ばいであった。都道府県別では岡山県(0.06)、栃木県(0.04)、広島県(0.04)が多い。風しんの定点当たり報告数は増加した。都道府県別では滋賀県(0.06)、長野県(0.05)、 埼玉県(0.03)、大阪府(0.03)、千葉県(0.03)が多い。ヘルパンギーナの定点当たり報告数は第12週以降、一貫して増加が続いている。都道府県別では富山県(7.6)、三重県(5.6)、岐阜県(4.2)、愛媛県(3.6)、熊本県(3.6)が多い。麻しんの定点当たり報告数は横ばいであった。都道府県別では山形県(0.13)、栃木県(0.04)、富山県(0.03)、香川県(0.03)が多い。流行性耳下腺炎の定点当たり報告数は減少した。都道府県別では福井県(3.6)、石川県(2.7)、広島県(2.3)が多い。RSウイルス感染症は、ゼロ報告を含めて29都道府県から22例の報告があり、報告数は減少した。年齢別では、1歳以下が全体の73%を占めている。
基幹定点報告疾患:マイコプラズマ肺炎の定点当たり報告数は微減したが、過去5年間の同時期と比較してやや多い。都道府県別では山口県(1.9)、石川県(1.6)、群馬県(1.3)が多い。
注目すべき感染症
◆ インドネシア・バリ島より帰国した観光客におけるコレラの集団発生
■ はじめに
平成17年5月19日、感染症発生動向調査システム(発生動向調査)に第19週(5月9〜15日診断分)のコレラ症例が7名報告された(感染症週報2005年第19週号5ページ「注目すべき感染症」を参照)。これらの症例は全て、発病前にインドネシアに渡航していたことから、インドネシアで同一感染源に曝露されたことによる集団発生の可能性を考え、国立感染症研究所・実地疫学専門家養成コース(FETP)が個別の症例の調査を開始した。
本調査は最初、発生動向調査に報告された事項をもとに、報告を行なった自治体に電話、ファクス、電子メールなどを利用して問い合わせを行うことにより、情報を収集した。さらにその後感染症法に基づき、厚生労働省健康局結核感染症課が関係自治体に対し、FETPが作成した調査票を用いて調査を行うことを依頼した。以下にその調査結果の概要を述べ、考察を加える。
■ 結果
平成17年では、第18週までに発生動向調査に報告のあったコレラ症例は9例であり、推定感染地域は国内4例、台湾2例、インドネシア1例、フィリピン1例、パキスタン1例であった。また、平成16年の1年間に推定感染地域が国外として報告されたコレラ65例の推定感染国は、フィリピン33例、インド21例、タイ7例、中国3例、インド/中国1例であり、インドネシアはなかった。このことから、今回のコレラ症例の集積は通常考えられる範囲を超えていると判断された。
今回の対象は第19週(5月9〜15日診断分)および第20週(5月16〜22日診断分)に報告されて、インドネシアを推定感染国とする8名であった。報告は5都道府県からなされ、2名が同一グループであったが、他の6名はそれぞれ別々のグループであった。性別は男性7名、女性1名で、年齢の中央値は44歳(範囲32〜65歳)であった。症状は下痢7名(うち水様性下痢4名)、嘔吐2名、腎不全1名であった。また、無症状病原体保有者が1例みられた。これらの8名の発病日の時間的推移を図に示す。
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図. バリ島からの帰国者に発生したコレラ症例の発病日の時間的推移 |
8例すべてが宿泊地にバリ島クタビーチを含んでいたが、内訳はバリ島クタビーチのみが5名、バリ島クタビーチおよびジャワ島ジョグジャカルタ市の両方が3名であった。これら8名はいずれも、バリ島クタビーチでは同一ホテルに宿泊していた。一方、ジョグジャカルタ市に宿泊した3名についても、同市内では同一ホテルに宿泊していた。それ以外に、ジョグジャカルタ市内に宿泊しなかったものの、期間中、日帰りでそこを訪れた者が1名みられた。
今回の症例8名のうち7名は、5月1〜7日の間のいずれかの日にバリ島に宿泊しており、特に5月3〜4日には7名とも宿泊していた。一方、残り1名はそれ以外の7名と宿泊期間が重なっていなかった。発病日と宿泊日との関係についてみると、症状があった7名全員が発病の3日以内にバリ島に宿泊していた。しかし、7名のうち2名は、発病の5日以内にジョグジャカルタ市にも宿泊していた。
質問票による回答の結果、コレラに感染する可能性のあるリスク行動については、生野菜を食べた者が6名、ホテルのプールで泳いだ者が5名、屋台の食べ物を食べた者が3名、氷を食べた者が3名(このうち、ミネラルウォーターで作った氷を食べた1名を含む)、果物を皮付きのまま食べた者が1名であった。医薬品服用については、H2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬を含め、常時服用していた者はみられなかった。
また、今回8名が日本国外の路線で使用した航空機の航空会社を調査したが、全例に共通する航空会社は認められなかった。
8症例から検出されたコレラ菌は全てV. cholerae、エルトール小川型で、血清型は全例がO1
であった。また、全例においてコレラ毒素の産生、あるいはコレラ毒素遺伝子が確認された。
■考察
平成17年第19週および20週のコレラの報告は計8例であり、通常考えられる症例数を大幅に超えていた。さらに、全てがインドネシア・バリ島へ旅行して帰国した者であった。これらのことから、特定の原因に曝露されたことによるコレラの集団発生と考えられた。
コレラの潜伏期間は通常2〜3日、最長で5日間とされている。今回の8名のうちの症状のなかった1名を除き、7名全員が発病の3日以内にバリ島の同一ホテルに宿泊していることから、このホテルでの宿泊が感染源への曝露と関連している可能性が考えられる。その場合、このうちの1名は他の7名と宿泊日が全く重ならなかったことから、感染源はほんの一時的でなく、少なくともこの期間に継続していた可能性が考えられる。
今回の症例のうち3名は、ジョグジャカルタ市内のホテルに宿泊し、さらに他の1名も日帰りでジョグジャカルタ市内へ観光に行っていることから、これらについては感染源への曝露がバリ島ではなくジョグジャカルタ市内であって、同一原因による集団発生例に含められない可能性も否定はできない。しかしその可能性は、バリ島の同一ホテルでの宿泊に関連した曝露の可能性よりも低いと考えられる。
コレラに感染する可能性のあるリスク行動については、多くの症例が生野菜を食べ、プールで泳いだことから、これらの行動が感染に関与した可能性が考えられる。
なお、第21週以降、インドネシア・バリ島からの帰国者でのコレラの発生報告はないことから、集団発生は少なくとも悪化している可能性は低いと考えられる。
本調査に関して、以下のような限界を述べておく必要がある。1)現地調査を実施していないため、質問票に加えることができたのは一般的に考えられる危険因子のみであったこと、2)解析疫学を実施していないため、考えられる危険因子の定量的評価ができなかったこと。
今回の集団発生では症例の国内居住地が限局しておらず、各保健所においては単発例としてみなされてしまう事例であるが、広域的に見ることで、集団発生と判断できるものであった。国内でも当てはまることであるが、特に海外で感染する事例については広域的に捉える必要性を示したものであり、各自治体の協力が不可欠であることを強調する事例であった。
◆腸管出血性大腸菌感染症
腸管出血性大腸菌感染症はベロ毒素(Verotoxin=VT)を産生する大腸菌、すなわち腸管出血性大腸菌による腸管感染症である。大腸菌は非常に多くの血清型に分類されており、そのうちVT産生性のものは数十種類に及ぶ。わが国ではO157が最も多く、次いでO26、O111が多い。本症は感染症法の三類感染症として、患者及び無症状病原体保有者の届け出が診断した医師に義務づけられている。
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図1. 腸管出血性大腸菌感染症(無症状病原体保有者含む)の年別・週別発生状況 |
図2. 腸管出血性大腸菌感染症(無症状病原体保有者含む)の都道府県別発生状況 |
図3. 腸管出血性大腸菌感染症の年齢群別・症状別報告数(2005年第23週) |
2005年の報告数は第20週(53例)に50例を超えた後、第21週(56例)、第22週(68例)と徐々に増加し、第23週(111例)には100例を超えた(図1)。第23週までの累積報告数は579例(2002年646例、2003年404例、2004年588例)であり、現在までのところ、例年に比べて特に多いというわけではない。第23週に報告の多かった都道府県は大分県(46例)、長崎県(14例)で(図2)、大分県では福祉施設(菌の血清型・毒素型はO157 VT2)での集団発生がみられた。累積報告数では大分県(57例)、宮城県(41例)、大阪府(40例)、福岡県(39例)が多い。第23週に報告された111例のうち、患者(有症状者)は57例(51.4%)であった。年齢階級別(10歳毎)では0 〜9歳(28例)が最も多く、全体の四分の一を占めたが、特に0〜4歳(21例)が多かった(図3)。
また、有症状者の割合をみると0〜9歳(85.7%)、10代(66.7%)が多く、20〜50代では無症状者が多かった。無症状病原体保有者は、食品産業従事者の定期検便によって発見される場合もあるが、多くは探知された患者と食事を共にした者や、接触者の調査などによって発見される場合が多い。また、溶血性尿毒症症候群(HUS)が2例報告され、累積では6例となったが、年齢は4例が10歳未満(うち、3例は5歳未満)で、10代1例、70代1例であった。今年に入ってからの死
亡例の報告はない。
血清型・毒素型別では、第23週はO157 VT2(52例)、O157 VT1・VT2(23例)、O157 VT1(15例)、O26 VT1(11例)の順に多く、累積報告数では、O157 VT1・VT2(203例)、O157 VT2(141例)、O26 VT1(113例)の順に多かった。
本症の発生が増加する夏季に向かい、食品の取り扱いには十分注意して食中毒の予防を徹底するとともに、手洗いの励行などにより、ヒトからヒトへの二次感染を予防することが大切である。
◆ヘルパンギーナ
ヘルパンギーナ(Herpangina)は、発熱、口腔粘膜に現れる水疱性の発疹を特徴とした急性ウイルス性感染症であり、幼児を中心に夏季に流行する疾患である(図1、図2)。病原ウイルスは主にA群コクサッキーウイルス(CA2、CA4、CA5、CA6、CA8、CA10など)であるが、まれにB群コクサッキーウイルス、エコーウイルスもみられる。過去5年間のヘルパンギーナ症例におけるウイルスの分離状況をみると、CA4、CA10、CA2、CA6が比較的多いが、CA4以外は年によって分離数が大きく異なっている(図3)。
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図1. ヘルパンギーナの年別・週別発生状況(1995-2005年) |
図2. ヘルパンギーナ報告症例の年別・年齢別割合(2000〜2004年) |
図3. ヘルパンギーナ症例からの年別ウイルス分離状況 |
感染から2〜4日の潜伏期間の後に、突然の発熱に続いて咽頭痛が出現し、咽頭発赤とともに、主として軟口蓋から口蓋弓にかけて直径1〜2mm、大きいものでは5mmほどの紅暈で囲まれた小水疱が出現する。やがて小水疱は破れて浅い潰瘍となる。発熱は2〜4日間程度で解熱し、やや遅れて粘膜疹も消失する。殆どは予後良好の疾患であるが、エンテロウイルス感染症の特徴として、まれに無菌性髄膜炎や急性心筋炎を合併することがある。したがって、発熱以外に頭痛、嘔吐などの症状や、心不全徴候の出現には十分に注意すべきである。
感染経路は咳、くしゃみなどによる飛沫感染、糞口感染、さらには、ウイルスの付着した患者や物品に接触することによる接触感染である。患者からのウイルスの排泄は急性期に最も多いが、エンテロウイルス感染の特徴として、回復後にも2〜4週間の長期にわたって便からウイルスが検出されるので、急性期のみの登園、登校停止によっては、厳密な意味での流行阻止効果は期待できない。しかしながら、本症の大部分は予後良好な軽症疾患であり、登園・登校については手足口病と同様、流行阻止の目的というよりも患者本人の状態によって判断を行う方が現実的である。保育施設や幼稚園などの乳幼児の集団生活施設における感染予防としては、児やスタッフの手洗いの励行、排泄物の適正な処理が基本となる。
ヘルパンギーナの定点当たり報告数は第12週以降、一貫して増加を続けており、第23週現在で報告が多い都道府県は富山県(7.6)、三重県(5.6)、岐阜県(4.2)、熊本県(3.6)、愛媛県(3.6)となっている。特に上位3県である富山県、三重県、岐阜県では、第20週以降に報告数が急増してきている。2000〜2004年の過去5年間の定点当たり累積報告数をみると、2004年は過去5年間では最も少ない値となっているが(図4)、2005年はこれまでのところ、例年と比べて報告数は少なくはない。 |
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図4. ヘルパンギーナの年別定点当たり累積報告数(2000〜2004年) |
1995年以降の過去10年間をみると、第28週を中心に第29週、第27週の3つの週のいずれかに報告数のピークがみられている(図1)。今後流行のピークが予想される7月中旬に向けて、さらに発症者が増加するものと予想されるため、より一層の注意が必要である。
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