発生動向総覧
〈第13週コメント〉 4月7日集計分
◆全数報告の感染症
注意:これは当該週に診断された報告症例の集計です。しかし、迅速に情報還元するために期日を決めて集計を行いますので、当該週に診断された症例の報告が集計の期日以降に届くこともあります。それらについては一部を除いて発生動向総覧では扱いませんが、翌週あるいはそれ以降に、巻末の表の累積数に加えられることになります。
*感染経路、感染原因、感染地域については、確定あるいは推定として記載されていたものを示します。
1類感染症: |
報告なし |
2類感染症: |
結核 268例 |
3類感染症: |
細菌性赤痢4例(感染地域:インド3例、カンボジア/ベトナム1例)
腸管出血性大腸菌感染症14例(有症者12例、うちHUS 1例) |
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感染地域:国内14例
国内の感染地域:東京都2例、和歌山県2例、福岡県2例、宮城県1例、千葉県1例、京都府1例、兵庫県1例、長崎県1例、鹿児島県1例、不明2例
年齢群:1歳(1例)、4歳(1例)、5歳(2例)、7歳(1例)、10代(3例)、20代(2例)、30代(1例)、40代(2例)、50代(1例)
血清型・毒素型:O157 VT1・VT2(8例)、O157 VT2(2例)、O26 VT1(1例)、O128 VT1・VT2(1例)、O157 VT1(1例)、その他・不明(1例)
累積報告数:255例(有症者165例、うちHUS 7例.死亡なし)
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4類感染症: |
A型肝炎18例
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感染地域:広島県6例、福岡県3例、宮城県1例、埼玉県1例、神奈川県1例、熊本県1例、大分県1例、国内(都道府県不明)4例
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日本紅斑熱1例(感染地域:和歌山県) マラリア1例(熱帯熱_感染地域:カメルーン)
レジオネラ症6例(肺炎型6例)
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感染地域:石川県1例、大阪府1例、兵庫県1例(温泉)、島根県1例(温泉)、広島県1例、香川県1例
年齢群:40代(1例)、60代(1例)、70代(3例)、80代(1例)
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5類感染症: |
アメーバ赤痢4例(腸管アメーバ症3例、腸管及び腸管外アメーバ症1例) |
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感染地域:北海道1例、愛知県1例、大阪府1例、国内/国外不明1例
感染経路:経口感染1例、性的接触(同性間)1例、不明2例
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ウイルス性肝炎4例
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B型3例_感染経路:性的接触(異性間)3例
EBウイルス1例_感染経路:不明
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クロイツフェルト・ヤコブ病3例
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孤発性プリオン病古典型2例
遺伝性プリオン病ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病1例
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劇症型溶血性レンサ球菌感染症2例〔年齢群:20代(1例.死亡)、70代(1例)〕
後天性免疫不全症候群15例(AIDS 2例、無症候10例、その他3例)
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感染地域:国内12例、シンガポール/タイ1例、国内・国外不明2例
感染経路:性的接触13例(異性間5例、同性間8例)、不明2例
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ジアルジア症2例(感染地域:インド1例、ハイチ1例)
梅毒5例(早期顕症II期2例、無症候3例)
破傷風2例〔年齢群:40代(1例)、50代(1例)〕
風しん2例(検査診断例2例)
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感染地域:兵庫県1例、国内(都道府県不明)1例
年齢群:10〜14歳(1例)、20〜24歳(1例)
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麻しん10例〔麻しん(検査診断例5例、臨床診断例3例)、修飾麻しん(検査診断例2例)〕
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感染地域:国内8例、中国2例
国内の感染地域:神奈川県2例、愛知県2例、東京都1例、福井県1例、徳島県1例、福岡県1例
年齢群:0歳(1例)、1歳(2例)、30〜34歳(2例)、35〜39歳(3例)、50代(1例)、60代(1例)
累積報告数:112例〔麻しん(検査診断例39例、臨床診断例40例)、修飾麻しん(検査診断例33例)〕
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(補)他に2010年第12週までに診断されたものの報告遅れとして、細菌性赤痢1例(感染地域:不明)、急性脳炎6例〔インフルエンザウイルスAH1pdm 3例(1歳1例、10代2例)、病原体不明3例(1歳1例、3歳1例、20代1例)〕、劇症型溶血性レンサ球菌感染症1例(70代)、バンコマイシン耐性腸球菌感染症1例(遺伝子型:不明_菌検出検体:胸水)、風しん1例(検査診断例.感染地域:岡山県.年齢群:40代)などの報告があった。 |
◆定点把握の対象となる5類感染症(週報対象のもの)
全国の指定された医療機関(定点)から報告され、疾患により小児科定点(約3,000 カ所)、インフルエンザ(小児科・内科)定点(約5,000 カ所)、眼科定点(約600 カ所)、基幹定点(約500 カ所)に分かれています。また、定点当たり報告数は、報告数/定点医療機関数です。
インフルエンザ: 定点当たり報告数は第4週以降減少が続いている。都道府県別では佐賀県(2.23)、沖縄県(0.86)、岩手県(0.67)、山口県(0.46)、滋賀県(0.43)、富山県(0.40)が多い。
小児科定点報告疾患:RSウイルス感染症の報告数は896例と第5週以降減少が続いている。年齢別では、1歳以下の報告数が全体の約75%を占めている。咽頭結膜熱の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では鳥取県(0.58)、新潟県(0.51)、福岡県(0.36)が多い。A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の定点当たり報告数は3週連続で減少した。都道府県別では山形県(3.67)、石川県(3.38)、鳥取県(2.42)が多い。感染性胃腸炎の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では大分県(17.1)、福井県(15.0)、宮崎県(14.5)が多い。水痘の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では宮崎県(4.6)、鹿児島県(3.7)、沖縄県(3.0)が多い。手足口病の定点当たり報告数は増加し、過去5年間の同時期(前週、当該週、後週)と比較してかなり多い。都道府県別では愛媛県(3.22)、広島県(2.22)、鹿児島県(2.15)、鳥取県(1.68)が多い。伝染性紅斑の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では青森県(0.57)、大分県(0.53)、神奈川県(0.52)が多い。百日咳の定点当たり報告数は減少した。都道府県別では栃木県(0.21)、広島県(0.14)、高知県(0.07)が多い。ヘルパンギーナの定点当たり報告数は増加し、過去5年間の同時期と比較してやや多い。都道府県別では島根県(0.65)、熊本県(0.58)、佐賀県(0.39)が多い。流行性耳下腺炎の定点当たり報告数は増加した。都道府県別では石川県(2.59)、沖縄県(2.56)、福島県(2.23)が多い。
基幹定点報告疾患:マイコプラズマ肺炎の定点当たり報告数は2週連続で減少した。都道府県別では埼玉県(2.11)、宮城県(1.42)、佐賀県(1.33)が多い。
注目すべき感染症
◆ A型肝炎 2010年第1〜13週(2010年4月7日現在)
2010年のA型肝炎の報告数は、第10週以降急増しており、3月の報告数は2007年以降の各月の報告数と比較して最多であった(図1)。この増加傾向は第13週も続いている(図2)。
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図1. A型肝炎の月別報告数(2007〜20010年4月) |
図2. A型肝炎の週別報告数(2009〜2010年第13週) |
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A型肝炎はA型肝炎ウイルス(HAV)による疾患で、一過性の急性肝炎をきたす。2〜7週間の潜伏期間ののち、発熱、全身倦怠感、食思不振、悪心・嘔吐、黄疸などの症状を起こす。特異的治療はなく、治療法は安静や対症療法が中心であるが、多くは1〜2カ月の経過で回復し慢性化しない。治癒後には強い免疫が残される。しかし、まれに劇症化(0.1%)して死亡することがある。小児では不顕性感染が80〜95%と多いため、時に無症状のまま、集団発生の感染源となることもある。一方、成人では顕性感染が75〜90%と多い。通常、年齢が上がるに従い、重症度も上昇し、A型肝炎の症例全体の致死率は0.1%以下であるが、50歳以上では2.7%に達する。
HAVは糞便中に排泄され糞口感染によって伝播する。HAVの糞便中への排出は感染して2週間以降に始まり、発症時にピークを迎え、発症後は1週間以内に激減する。A型肝炎の発生状況は衛生環境に左右され、衛生環境の未整備な途上国では10歳までにほぼ100%が感染して、無症状のまま抗体を保有するといわれている。日本では、糞便で汚染された水や食事による大規模な集団発生は稀であり、感染経路としては、魚介類の生食などによる経口感染や、性的接触などが報告されている。魚介類が原因と推定された食中毒事例や、飲食店における集団感染事例が少なからずみられている(参考情報1,2)。
予防法としては、汚染された水や食材を口にしないこと、A型肝炎と診断された患者と接する際には適切な糞便処理や手指衛生を心がけることなどが挙げられる。さらに魚貝類は、85〜90℃で少なくとも4分間の加熱または、90秒蒸すようにする。予防としてのA型肝炎ワクチンは、日本では1995年から16歳以上を対象に任意の予防接種として使用されており、希望すれば国内の医療機関で接種を受けられる。主に途上国への渡航者ワクチンとして使用されており、一般住民が広く接種している状況ではない。実際に、我が国の過去の血清疫学調査によると、2010年現在では55歳未満の年齢層はほとんど抗体を保有していないものと考えられ、重症化リスクが高い年齢層に抗体を保有していない者が増加しつつある。重症患者の増加や家族内発生や集団感染への注意が必要である。
A型肝炎は1987年に感染症サーベイランス事業の対象疾患に加えられ、全国約500カ所の病院定点からの月単位の報告による発生動向調査が開始された。その後1999年4月の感染症法施行より、急性ウイルス性肝炎の一部として全数把握疾患となり、診断した全ての医師に届出が義務づけられるようになった。さらに、2003年11月5日からは感染症法の改正によって、単独疾患として四類感染症に分類され、現在は無症状病原体保有者を含む全診断症例の届出が義務付けられている。
2007年以降の報告数は、年間150例前後(2007年157例、2008年169例、2009年115例)であった(感染症法施行以降の発生状況については、参考情報1)。しかしながら、今年は第10週以降報告数が急増し、第13週までにすでに91例報告されている(第10週8例、第11週18例、第12週17例、第13週18例)。91例の年齢中央値は47歳(11〜88歳)、性別では男性44例(48%)、女性47例(52%)であり、87例(96%)が国内感染と推定または確定として報告された。2例に劇症肝炎が報告されている(第8週に40代女性、第12週に50代女性)。死亡例の報告はなかった。
特に報告数の著しい増加が認められた第10〜13週の61例について表1および図3に示した。61例の年齢中央値は50歳(20〜88歳)で、性別では男性30例、女性31例で性差はない。経口感染と推定された58例(95%)のうち、25例(58例の43%)にカキ喫食の記載が認められた。診断は、血清IgM抗体検査によるものが60例、PCR法によるウイルス検出は1例であった。報告症例の住所地は、福岡県12例、広島県11例、東京都9例の順に多かった(図3)。
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表1. A型肝炎報告例の臨床像と感染経路(2010年第10〜13週) |
図3. A型肝炎報告例の住所地別報告数(2010年第10〜13週) |
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以上のような現在の発生状況から、広域集団発生の可能性も懸念され、迅速に感染源を特定することが必要である。
A型肝炎は潜伏期が長いことから、聞き取りによる食材などの感染源についての遡り調査は非常に困難であり、感染源の共通性をみるためには、ウイルス学的検査による分子疫学的手法を用いた集団発生の確認が極めて重要となる。実例として、日本国内では、過去に海産物の生食や輸入貝による集団発生が報告されており、これらの原因調査においても分子疫学検査が重要な役割を果たした(参考情報2)。また、2009年から、オーストラリアやフランス、オランダなどではセミドライトマトに関連したA型肝炎の集団発生が問題となっているが、これらも分子疫学検査によりその関連性が明らかとなってきている(参考情報3)。現在のところ、2010年に報告されたA型肝炎のほとんどの症例の診断は血清IgM抗体検査で行われているため、このような分子疫学的手法を用いた集団発生の確認がこれまでのところ不可能な状況である。
医療機関においては、問診などによりできる限り具体的な情報を収集し、その後の保健所等の調査に繋げることが望まれる。また、便や血清中にウイルスが検出される期間は、黄疸発症、または肝機能を表す酵素(ALT、AST)の値のピーク時から数日間という、発症早期の短期間に限られているので、A型肝炎が地域で流行している場合や、広域集団発生が疑われる事例においては、その対策に資するべく検体採取に適した時期に積極的な検体確保・検査の実施が重要である。保健所、地方衛生研究所等においては、医療機関と連携して個々の事例の原因究明にあたるとともに、食材・食品の広域流通という観点も併せ、事例調査と対策における自治体間の連携が、対策上重要と考えられる。
【参考情報1】
●病原微生物検出情報(IASR)特集:急性ウイルス性肝炎1999.4〜12
http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/242/tpc242-j.html
●病原微生物検出情報(IASR)特集:A型肝炎・E型肝炎2002年9月現在
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/273/tpc273-j.html
●速報:A型肝炎2004年
感染症週報2005年第6週:第7巻第6号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2005/idwr2005-06.pdf
●速報:A型肝炎2005年
感染症週報2006年第20週:第8巻第20号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2006/idwr2006-20.pdf
●速報:A型肝炎2006〜2008年
感染症週報2009年第12週:第11巻第12号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2009/idwr2009-12.pdf
●感染症のはなし:A型肝炎
感染症週報2004年第14週:第6巻第14号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k04/K04_14/k04_14.html
【参考情報2】
●病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎患者(寿司店主)が感染源と思われるA型肝炎ウイルスによる食中毒−岐阜県」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/268/kj2683.html
●病原微生物検出情報(IASR)「大アサリの喫食を原因とするノーウォーク様ウイルスとA型肝炎ウイルスによる食中毒事例−浜松市」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/267/kj2672.html
●病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎ウイルス(HAV)による食中毒2事例について−東京都」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/273/dj2731.html
● 病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎ウイルスによる食中毒事例−新潟市・新潟県」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/317/pr3171.html
【参考情報3】
●Hepatitis A outbreak in France. Health Protection report Vol 4 No.10-12 March 2010
http://www.hpa.org.uk/hpr/archives/2010/hpr1010.pdf
●M Petrignani, L Verhoef, R van Hunen, et al. A possible foodborne outbreak of hepatitis A in the Netherlands, January-Feburary 2010. Eurosurveillance, Volume 15, Issue 11, 18 March 2010
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19512
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