The Topic of This Month Vol.18 No.11(No.213)


日本におけるマラリア

マラリアは世界中で毎年3〜5億人が罹患しており、150〜270万人が死亡していると推定されている疾患である(本号12ページ参照)。ヒトにマラリアを起こす原因微生物として三日熱マラリア原虫Plasmodium vivax、四日熱マラリア原虫P.malariae 、熱帯熱マラリア原虫P.falciparumおよび卵形マラリア原虫P.ovaleの4種類の原虫が知られており、それぞれが引き起こす疾患を三日熱マラリア、四日熱マラリア、熱帯熱マラリア、卵形マラリアとよぶ。これら4疾患は各々の病態に差がみられるが、大きく分けると、その経過が悪性で早期に適切な治療がなされなければ死亡する危険性の高い熱帯熱マラリアと、比較的穏やかな経過をとる他の3種のマラリアとにわけることができる。前者を悪性マラリア、後者を良性マラリアとよぶこともある。主として熱帯、亜熱帯地方に分布し、所によっては流行域が拡大しつつある地域もある。これら4疾患はハマダラカによって媒介される。ここでは国内の輸入マラリアおよび少数ではあるが国内感染例について概観する。

輸入マラリアとは海外で感染し国内において発症するマラリアをいう。一方、わが国では過去に土着マラリアとして主として三日熱マラリアの流行がみられ、また南西諸島の一部には熱帯熱マラリアの流行があった。図1に厚生省伝染病統計によるマラリア患者数の推移を示す。戦前には年間約2万人の土着マラリア患者の発生がみられていたものと推定される。1946年には戦争中海外で感染した多くの人達の帰国に伴い3万人近い患者がみられた。しかし、幸いにも国内でマラリアが再流行することもなく患者数は急速に減少し、1960年頃には土着マラリアは消滅したものと考えられている。そのため、後で記す少数の特殊な伝播様式による国内感染事例がみられるものの、これ以降の症例は輸入マラリアとみなされている。実際、近年国内でみられるマラリア患者にはマラリア流行地域への渡航歴、あるいは居住歴が認められる。

厚生省「熱帯病治療薬の開発研究班」(代表・慈恵医大 大友弘士教授)の調査による最近10年間のマラリア患者数の推移を表1に示す。ここ数年、年間120例前後の患者発生が確認されている。届出されている患者数はこの約半数である。熱帯熱マラリア患者のなかには不幸にも死亡例もみられる。種別にみると三日熱マラリアが最も多く約50%を占め、次いで熱帯熱マラリアが30〜40%みられる。重症化しやすい熱帯熱マラリア患者数が増加傾向にあることは注意を要する。マラリア流行地に出かける日本人の数は年々増加しているものと考えられ、一方でマラリア流行地域から入国する外国人の数も多い。そのため今後の患者数の推移は予断を許さない。これら患者の推定感染地を表2に示した。

最近の国内感染例を表3に示す。輸血、針刺し事故などから感染していると推定される例があるほか、空港周辺に住む老女が感染した、いわゆる空港マラリアと考えられる事例もあった。空港マラリアとは航空機によって短時間で感染蚊がマラリア流行地から非流行地に運ばれ、飛行場周囲の人がマラリアに感染する事例をいう。欧米諸国においても同様の症例報告が散見される(本月報Vol.18、No.3参照)。

マラリアの診療に経験のある医療関係者が日本国内にはきわめて少ないため、診断、治療の遅れから重症化する例がみられる。海外帰国者の発熱性疾患を診る際に、常にマラリアを鑑別疾患の一つとして念頭におきながら診療することが重要である。潜伏期がかなり長期に及ぶこともある。患者はマラリア特有の高熱を示さず感冒様症状を訴えて医療機関を受診することもある。特に熱帯熱マラリアでは診断、治療の遅れが患者の予後を大きく左右するため、早期診断、早期治療がなされねばならない。マラリアを少しでも疑ったならば血液塗抹標本を作製しギムザ染色を行い、赤血球内に寄生しているマラリア原虫を顕微鏡的に確認することが必須である。その際に血液から感染する他の疾患の可能性もあるため、血液の取り扱いには細心の注意を払わねばならない。この方法は最も手技が容易でしかも短時間で診断が下せる点で優れているものの、形態学的な診断のため多少の経験を必要とするという難点がある。もしマラリア原虫の同定に疑問があるならば、最寄の感染症専門医または寄生虫病専門家にアドバイスを求めるべきである。熱帯性の発熱性疾患のなかには感染力が強く重症化しやすい細菌性およびウイルス性疾患が多いことから、マラリアが否定されたとしても常に他の感染症(腸チフス、デング熱、黄熱、ウイルス性出血熱等)との鑑別診断に努めねばならない。

国内で認可されている抗マラリア剤はスルファドキシンとピリメサミンの合剤およびキニーネの2種類のみである。それ以外の抗マラリア薬は上記「熱帯病治療薬の開発研究班」から治験薬の形で入手できる(本号3ペ−ジ参照)。マラリア原虫が薬剤耐性を持っている場合もあり、治療に際して血液中のマラリア原虫の消長を注意深く追う必要がある。


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