SARS:WHO本部での取り組み

(Vol.24 p 247-248)

世界保健機関(WHO)では、 近年とくに不測の疾病アウトブレークに対するレスポンス強化に力を注いできた。従来の、 保健衛生の向上に関する中・長期プランニングとその評価、 途上国援助指向という主流からは明らかに一線を画する新たな潮流であると言えよう。生物/化学テロリズムまでもその範疇に入れ、 「尋常でない罹患数(疾病によっては罹患率)、 尋常でない死亡数(同、 死亡率)」を認めた疾病(あるいは症候群)の集積に対し、 迅速に情報を収集し、 評価した上、 必要があれば当事国の依頼により調査・収拾に協力する。また、 他の加盟国に対しては警戒を促す。たとえ原因が自然発生的であろうと、 意図的にもたらされたものであろうと、 WHOは等しく対応する。

過去5年間(1998〜2003年9月現在)にWHOでは、 アフリカのエボラ出血熱、 中米のハンタウイルス肺症候群、 東南アジアのニパウイルス脳炎などをはじめ、 200余りの疾病アウトブレークに対応してきた。これらのアウトブレーク対応の中枢である感染症サーベイランスおよび対策部(Department of Communicable Diseases Surveillance and Response;CSR)のアウトブレーク警戒および対策チームでは、 年間平均約130の加盟国から200〜250件の報告を受ける。そのうち25〜50のアウトブレークがWHOの地域事務局からの直接のサポートを必要とし、 5〜15件はさらに規模の大きい国際的援助を必要とする。SARSはこれらのアウトブレークのうちのひとつではあるが、 今世紀初の真の重篤な感染症グローバル・アウトブレークとして、 その特異性が際立っている。また、 半世紀におよぶWHOの歴史上初めて、 明確な渡航延期勧告が発せられたことも特筆に値する。

2002年11月〜2003年7月のSARS流行期間におけるWHO本部での主な取り組みを以下に紹介する。

1.コミュニケーション

流行期間中、 WHOの役割として最も重要であったのはSARSに関する情報提供であったと言えよう。WHOのウェブサイトは未曾有の頻度で更新され(ピーク時にはアクセス数は1日1,000万ヒットを越えた)、 毎日のように記者会見が行われた。頻繁な情報更新の実現を支えたのはWHO内外におけるコミュニケーションであり、 最新のテクノロジーを駆使した多地点同時ビデオテレカンファレンス、 セキュアウェブサイトによる情報交換などが活用された。SARSのような国際的アウトブレークにおいて、 WHOはコーディネーターとしての役割が期待されることも明確になった。

2.渡航延期勧告

患者発生地域のリスクアセスメントに基づく渡航延期勧告は、 社会的・経済的に多大な影響を及ぼした一方で、 アウトブレークの短期収拾に封じ込めという形で貢献した。さらなる混乱から国際社会を救ったとしても評価される。感染症のグローバル化を鑑みて現在改訂作業が進行中の国際保健規約(International Health Regulations; IHR)が、 近い将来、 法的枠組みをもって重要感染症の国際波及に対する措置を定めることになる。SARSの流行は加盟国にIHR改訂を加速する必要性を痛感させ、 本年5月のWHO総会で2005年の批准が可決された。

3.アウトブレーク・レスポンス

2000年に正式に発足したGlobal Outbreak Alert & Response Network(GOARN)は、 より多くのアウトブレークに対し、 的確なレスポンスを実現させるための、 技術的専門機関の国際的なネットワークである。SARS流行期間中にGOARNから調査およびアウトブレークの制圧に対して派遣された国際調査団は、 17カ国26研究機関から総勢115名に及んだ。WHOの人材と資金ではとうていなしえなかった大規模なレスポンスであった。

4.ヴァーチャル・ネットワーク

SARS流行期には、 ITを活用したヴァーチャル・ネットワークが次々に立ち上がり、 SARSに関する謎が次々と解決され、 人類は未知の疾病に対する恐怖から解放されていった。

(1)Virtual network for SARS aetiology:驚くべき速さでSARSの病原体を解明したWHOの国際協力研究機関ネットワークは、 WHOグローバルインフルエンザネットワークを母体としている(本号3ページ参照)。

(2)Virtual network of SARS clinicians:多くの臨床家からの情報により、 SARSの症例定義に必要な情報が集められた。インフェクション・コントロールや治療に関する情報交換も行われた。

(3)Virtual network of SARS epidemiologists:アウトブレークの疫学的情報に関する情報の交換が行われた。コンタクトトレーシングや航空機で移動した患者の旅程情報など、 封じ込めに必要な情報が交換された。

(4)Modelling group:SARS患者数・死亡数、 航空機による地理的拡散など様々なモデリングが行われている。

5.ガイドラインの作成

SARSの流行期間中、 WHOではいくつものガイドラインを作成して、 加盟国のSARS対策を支援した(http://www.who.int/csr/sars/guidelines/en/)。

SARSはWHO本部にとっても初めて経験する真のグローバル・アウトブレークであった。CSRでは、 今日までに準備してきたことが、 一挙に試されることになった。現在様々なレベルでの見直しと改善が、 北半球の冬季を目前として急ピッチで進められている。SARS対策上、 今後の課題として優先順位が高いものは以下のとおりである。

 (1)中国におけるサーベイランスの強化
 (2)信頼性の高い診断キットの開発、 および検査方法の標準化
 (3)効果的治療方法の確立(臨床治験プロトコールの作成)
 (4)研究の促進
  ・治療薬およびワクチン開発
  ・SARSコロナウイルスの起源の特定および感染経路の解明
 (5)WHO内におけるアウトブレーク・レスポンス機能の恒常的維持
 (6)国レベルおよび地域レベルでの感染症アラート・収拾力の強化
 (7)IHR改訂の完成
 (8)国際機関内、 協力研究機関、 NGOとのネットワーク、 パートナーシップの強化

WHO本部
感染研・感染症情報センター 進藤奈邦子

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