1.改正の経緯
1999(平成11)年4月1日より施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」には、附則として法律施行後5年後をめどとして検討し、必要があると認めるときは所要の措置を講ずる、といういわゆる見直し規定がある。これに従い厚生労働省厚生科学審議会感染症分科会(分科会長・吉倉 廣)において、2004(平成16)年度での改正を予定として2002(平成14)年6月5日より検討が開始され、感染症システム、感染症技術、動物由来感染症、エイズ・STDに関する4つのワーキンググループが設置された。2001(平成13)年9月11日の米国同時多発テロ事件以降の炭疽、天然痘などの生物テロ対策を念頭に置いた対応[2001(平成13)年10月11日付厚生労働省結核感染症課通知http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1011-6.html参照]、2003(平成15)年3月12日WHOよりGlobal Alertが発せられた新興感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)への対応(本月報Vol.24、No.10参照)、なども重要な議論のテーマとなった。2003年8月21日に感染症対策の見直しについての分科会提言がまとめられ、これに基づいて、厚生労働省では、感染症法および検疫法の一部改正法案を臨時国会に提出した。改正法案は2003年10月3日に衆議院を通過し、10月10日に参議院本会議において全会一致で可決・成立し、2003年11月5日施行となった(本月報Vol.24、328-329参照)。
2.主な改正点
今回の改正では、1)緊急時における感染症対策の強化、ことに国の役割の強化、2)動物由来感染症に対する対策の強化と整理、3)感染症法対象疾患および感染症類型の見直し、が主に行われた。
1)緊急時における感染症対策の強化、ことに国の役割の強化:感染症法制定時には、地方分権の要請から国の関与が最小限に抑えられていたが、今回のSARS対応において、従来の自治体の責任に加えて国の積極的関与の必要性が再び議論され、以下のような改正が行われた。
(1) 積極的疫学調査:これまでは積極的疫学調査は都道府県・政令市・特別区(以下「都道府県等」という)の業務であり、国は都道府県等から協力の求めがあった際に職員等の派遣を行うこととなっていたものを、感染症の発生予防・まん延防止のために緊急の必要がある場合には、国が都道府県等の行う疫学調査について必要な指示を行うとともに、国自らも積極的疫学調査を行うことができること、となった(第15条関係)。また、地方公共団体等の調査体制の強化・連携として、都道府県等は、調査のため他の都道府県等に対して検査研究職員の派遣等の協力を求めることができること、となった(第15条関係)。
(2) 予防計画の策定:これまでは緊急時における感染症の予防等に関する計画の策定は、都道府県によって行うこととなっていたが、平常時から緊急時の具体的対応までを計画に定めることは困難であることから、重篤な感染症が発生するおそれが顕在化した場合などにおいて、国は、都道府県が策定している予防計画に関してより具体的な対応策(行動計画)の策定を指示できること、となった(第9条、第10条関係)(本号6ページ参照)。
(3) 国の指示権限の創設、調整機能の役割の明確化:これまでは関係行政機関に対する国の指示権限は明確になっていなかったが、感染症の発生予防・まん延防止のために緊急の必要があるときは、都道府県等が行うとなっている事務に関し、必要な指示をすることができること、となった(第51条の2、第63条の2関係)。
2)感染症法による動物由来感染症に対する対策の強化:これまでの新興感染症の多くは動物由来感染症であり、最近でも、エボラ出血熱(WHO, WER, Vol.78, No.48参照)、鳥インフルエンザ(A/H5N1、A/H7N7、A/H9N2)(本月報Vol.24、67-68 & 137参照)、ニパウイルス感染症(本月報Vol.20, 143-144参照)、サル痘(本月報Vol.24, 167参照)、ウエストナイル熱(本月報Vol.23, 277-278参照)などがあげられ、SARSも動物由来である可能性が議論されているところである(本月報Vol.24, No.10参照)。これまでは1〜3類感染症を対象に、媒介動物を指定し輸入禁止・輸入検疫などが行われ、また1〜3類感染症を対象に蚊の駆除などの対物措置が行われるようになっていた。しかし、ウエストナイル熱への対応時には、蚊の駆除等の対物措置はとれず(本月報4ページ参照)、ペスト・野兎病に関連したプレ−リードッグへの対応(「感染症法第54条第1号の輸入禁止地域等を定める省令」2003年月25日一部改正参照)の際には、輸入後の流通の把握が困難であった。そこで今回の改正では、以下のようなことが行われた(本月報4ページ参照)。
(1) 動物の輸入に係る届け出制度の創設:感染症を感染させる恐れのある動物およびその死体を輸入するものは、輸出する側の国による検査により、感染症に感染していない旨の証明書を添付することが義務となり、動物の種類・数量・輸入の時期などについて届け出ることが定められた(第56条の2関係、この部分は公布から2年以内で政令で定める日から施行)。
(2) 動物の調査:感染症の発生状況等の調査において、感染症を感染させるおそれがある動物またはその死体の所有者に対して質問・調査ができることが明確になった(第15条関係)。
(3) 獣医師等の責務規定の創設:獣医師、獣医療関係者については、国および地方公共団体が講ずる施策に協力するように努めなければならないこと、また動物取扱業者については、動物の適切な管理その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならないこと、となった(第5条の2関係)
(4) 対物措置:それまでの4類感染症を見直し、類型を改め(後述)、媒介動物の輸入規制、消毒、蚊・ネズミなどの駆除が可能となった(第6条関係)。また消毒・駆除に際し、都道府県等が市町村に指示するだけではなく、自ら実施することが可能となった(第27条、28条関係)。
3)感染症法対象疾患および感染症分類の見直し(表):1類感染症に、痘そう(天然痘)、SARSが加えられた。2類感染症、3類感染症には変更がない。これまでの4類感染症のうち、媒介動物の輸入規制、消毒、蚊・ネズミなどの駆除、物件にかかわる措置を講ずることが必要なものは、新4類感染症となった。そして新たに、高病原性鳥インフルエンザ、サル痘、ニパウイルス感染症、野兎病、リッサウイルス感染症、レプトスピラ症、などの動物由来感染症が新4類に加えられた。さらにウイルス性肝炎のうちE型肝炎とA型肝炎が独立し、それまでは乳児ボツリヌス症と限られていたものをボツリヌス症と改め、新4類に加えられた。新4類感染症を診断した医師は、診断後速やかに最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届けることが求められている。旧4類感染症から新4類に移行したものを除き、残りは新5類感染症として分類された。バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症(VRSA)が全数把握疾患に、RSウイルス感染症が定点把握疾患として追加された。またウエストナイル脳炎および日本脳炎を除く急性脳炎が、それまでの定点把握疾患から全数把握疾患に変更された。これらの感染症発生動向調査については、2004年度からサーベイランスシステムの大幅な改善に着手することが計画されており、既存疾患の届け出に関する詳細などはサーベイランスシステム全体の見直しの中で改正することとして、今回は新たに加えられた疾患についてはサーベイランスのための新たな規定を設けたが(2003年11月5日健発第1105005号、厚生労働省健康局長通知参照)、既存のものについては当面現行通りとなった。
今回の感染症法改正には、国会から次のような附帯決議がなされている(一部、抄)。
1)SARSについては、病態、感染経路の解明、治療法、治療薬、ワクチンの開発を急ぐとともに、医学的知見の集積によって感染症法上の類型について2年後の見直しを行うこと。
2)保健所については地域における感染症対策の中核として、その役割が十分果たせるよう、体制の強化を図ること。
3)感染症患者やその家族に対する差別や偏見が生じないよう、職場、地域、学校への啓発を徹底すること。
4)SARS疑い患者の外来診療については、対応可能な体制を整えた拠点医療機関(協力医療機関)を定める等、地域における医療提供体制に混乱が生じないようにすること。
5)生物テロに対し、引き続き治療薬、ワクチンの確保に努め、医師、看護師、保健師等に対する教育、研究の充実を図ること。
6)地球規模化する感染症問題については、対応が可能となる人材の確保、研究機関の体制整備、を重点的、積極的に行うこと。またWHO、二国間協議を通じた国際医療協力の一層の推進を図ること。
7)感染症の患者および感染者に対しその人権に配慮した良質かつ適切な医療が提供されるよう、医師・看護師・保健師等に対する教育、研究の充実、感染症専門医の育成等に努めること。
なお併せて可決された改正検疫法においては、検疫所における医師の診察・検査が可能な範囲を広げ、また感染症が疑われる者に対しては入国後に一定期間、健康状態の報告を義務づけ、異状がある場合には検疫所から都道府県等に通知することが可能となった(本月報5ページ参照)。