日本国内で分離された髄膜炎菌株のMLST法を用いた分子疫学的解析

(Vol.26 p 36-37)

髄膜炎菌性髄膜炎は世界では年間50万人を超える患者と5万人もの死亡者を出している一方で、日本国内では髄膜炎菌性髄膜炎は年間20例に満たない、希有な感染症であると認識されている。しかし、航空機による海外との往来が頻繁になった今日では、輸入感染による日本での流行性髄膜炎の発生の可能性を排除することは困難であり、その対策の一環として現状の国内での髄膜炎菌に関する疫学情報が必要であると考えられた。2000年〜2003年までに実施された厚生科学研究費、新興・再興感染症研究事業「髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究」における研究課題の一つとして、1974年〜2003年までの過去30年間に日本国内で単離され、保存されていた髄膜炎菌の臨床分離株 182株をMLST(Multilocus sequence typing)法という分子疫学的手法を用いて解析し、日本国内での髄膜炎菌の分布状況の把握を試みた。

MLST法という手法を概略的に説明すると、髄膜炎菌の7つの必須遺伝子の塩基配列を解読し、その塩基配列の相違をMLSTデータベースで照合することにより分類・同定する手法である。すなわち7つの必須遺伝子の塩基配列が100%マッチすれば同一遺伝子型(sequence type:ST)、7つの遺伝子の塩基配列のうち1つでも異なればそれは亜型であるとして別のSTとして分類する手法である。この手法のメリットは、オンラインで結ばれている世界各国では各々の国内分離株を海外の分離株とデータベース上の情報のみから照合・比較することが可能なことである。このMLST法を用いることにより、例えば日本国内分離株が海外で流行を起こした株と同一かどうか、すなわち海外流行株の日本国内への流入を血清群別よりも詳細な精度で推測することが可能となると考えられる。

ちなみに日本国内分離株182株の血清群別の内訳は、B群103株(57%)、Y群39株(21%)、W-135群1株(1%)、判別不能39株(21%)であった。血清分類学的には日本の分離株はBおよびY群髄膜炎菌が圧倒的に多く、アフリカで多いとされるA群髄膜炎菌や、ヨーロッパや北米といった先進国にも多く認められるC群髄膜炎菌は存在しなかった。この結果から、BやY群以外の血清型の髄膜炎菌株が分離された場合には、血清学的見地から輸入感染の可能性が示唆されると考えられる(IASR 24: 264, 2003参照)。

MLST法を用いて国内分離株182株を解析し、6つの既存STグループを含む63種類もの遺伝子型(ST)が同定され、分類されることが明らかとなった(図1)。海外の疫学情報と比較考察した結果、63種のSTのうち41種は日本でしか見つかっていないSTであった。日本の臨床分離株の内訳としては、海外で大流行を起こしたST株(例:ST-44、ST-11、ST-32)と、その派生型ではあるが日本固有とされるST株、そして海外では検出されていない日本固有のST株(例:図2のST-2046 complexに含まれる株)の3タイプが存在していることが明らかとなった。こうしたMLSTによる解析により、海外流行株が日本に定着もしくはさらに派生する一方で、日本古来存在すると思われる日本固有株とその派生株が存在している可能性も示唆された。また、疫学的に注目すべき点は、海外での主要な流行株(例えばST-44やST-32)と同一ST株が1970年代に既に日本で分離されており、1970年代には既に日本国内に海外流行株が流入していた可能性が示唆された。さらに、それらの海外流行株は今なお日本国内でも患者、時には健常者の咽頭からも分離されている。

以上のことからMLST法を用いた分子疫学的見地からの考察としては、日本で髄膜炎菌性髄膜炎の症例が少数なのは、少なくとも日本国内の髄膜炎菌の型が海外のものと異なるためではなく、他の不確定要因によって幸運にも抑制されている状況である可能性が推測された。

このようにMLST法による分子疫学的解析によって日本国内分離株と海外流行株の比較が可能となり、日本国内にも海外流行株が存在している事実が明らかとなった。国内における髄膜炎菌の保菌率に関しても同研究班で実施され(本号6ページ参照)、日本国内の髄膜炎菌を原因菌とする感染症の症例の実情が少しずつ明らかになってきた。その実態が明らかになっていくことによって、髄膜炎菌にまつわる諸事情の整備が必要となるであろう。

 文 献
Takahashi H, et al., J. Med. Microbiol. 53: 657-662, 2004

国立感染症研究所・細菌第一部 高橋英之 渡辺治雄
神奈川県衛生研究所・微生物部 渡辺祐子 黒木俊郎
愛媛県立衛生環境研究所・細菌科 田中 博 井上博雄

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