The Topic of This Month Vol.26 No.4(No.302)

腸チフス・パラチフス 2001〜2004

(Vol.26 p 87-88)

腸チフス、パラチフスはそれぞれチフス菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)によって起こる局所の腸管病変と細網内皮系での菌の増殖による菌血症を特徴とする感染症であり、一般のサルモネラ感染症とは区別される。チフス菌、パラチフスA菌以外にもヒトにチフス様症状を起こすサルモネラ属菌(S . Sendai、S . Paratyphi B、S . Paratyphi C)もあるが、わが国ではこれらの感染症は一般のサルモネラ症として扱われている。

1999年4月に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)において、腸チフス、パラチフスは2類感染症に分類されている。患者、疑似症患者および無症状病原体保有者(保菌者)を診断した医師は、速やかに最寄りの保健所を通じて都道府県知事に届け出るように求められている。また、1999年(平成11年)12月の食品衛生法施行規則の改正により、チフス菌、パラチフスA菌が食中毒の病因物質に加えられ、腸チフス、パラチフスの発生に食品の介在が疑われるときには、食品衛生法に基づく食中毒調査が行われるようになった。さらに腸チフス、パラチフス患者から分離された菌株は、国立感染症研究所に送付され、細菌第一部でファージ型別試験、薬剤感受性試験を行い、その結果を都道府県に還元している。2000年までの発生動向については前回特集(IASR 22:55-56, 2001)を参照されたい。

感染症発生動向調査:腸チフスの発生数は、2001〜2004年は1年間に60〜66例と大きな増減は見られなかった(表1)。パラチフスの発生数は、2000年に20例まで減少したが、その後2001年22例、2002年35例、2003年41例となり、2004年には85例と急激に増加した(2005年2月22日現在報告数)。腸チフス、パラチフスともに輸入例の割合が増加し、2004年腸チフスでは82%、パラチフスでは94%となっている。診断月別にみると(図1)、発生は4〜5月と8〜10月に多い。これは、潜伏期間、発症から診断までの日数を考慮すると、東南アジア・インド亜大陸などの流行地へ旅行に出かけるピークの春休み(2〜4月)、夏休み(7〜8月)に感染したと推定される。また、腸チフス、パラチフス患者の年齢分布をみると、患者は20〜39歳に多く(図2)、学生・会社員が春休みや夏休みなどの長期休暇を利用して海外旅行に出かけ感染したものと考えられる(本号4ページ参照)。

2001〜2004年に発生した腸チフス・パラチフスの推定感染地は(図3)、腸チフスではアジアが71%を占め、その内訳はインド57例、インドネシア35例、ネパール、バングラデシュ各16例、フィリピン14例、タイ、カンボジア各4例、中国、ミャンマー、パキスタン各3例、香港、台湾、ラオス、アフガニスタン、シンガポール、スリランカ、トルコ、ベトナム各1例であった。この他にパプアニューギニア、マーシャル諸島、メキシコ、ペルー、ナイジェリア、西アフリカ各1例の報告があった。パラチフスではアジアが90%を占め、インド55例、インドネシア29例、ネパール24例、中国18例、ミャンマー8例、バングラデシュ7例、カンボジア、タイ各2例、スリランカ、ベトナム各1例の順に多い。

ファージ型:チフス菌のファージ型は2001年、2002年はE1、D2型が多かったが、2003年にはE1、A、B1型、2004年にはE9、E1、B1型が多くなり、ファージ型が少し変わってきている(表2)。今まではインドから輸入例として国内に入ってくる株は、ほとんどがE1であったが、2004年になってE9が出現してきている。パラチフスA菌のファージ型では、2001年、2002年は1、4型が多かったが、2003年、2004年は1、4、6型が多く、傾向が少し変化してきている(表3)。

薬剤耐性と治療:腸チフス・パラチフスの治療にはニューキノロン系抗菌薬の経口投与が行われる。ところが近年、ニューキノロン系抗菌薬が効きにくいナリジクス酸耐性菌の分離が日本でも増加している(図4、本号3ページ参照)。ナリジクス酸耐性菌感染患者の渡航先は、主にインド、バングラデシュとその周辺国である。ナリジクス酸耐性菌感染による腸チフス、パラチフスではニューキノロン系抗菌薬での治療が奏効しないため有熱期間が長くなり、治療期間の延長を招いている(本号5ページ参照)。このような治療に手間取る腸チフス・パラチフスの症例では第3世代セフェム系抗菌薬が併用されることがある(本号4ページ参照)。

まとめ:流行地での感染の多くは水や生ものを介した感染である。特に、生水、氷、生の魚介類、フルーツ、生野菜、火が通っていない食べ物、冷蔵保存していない食品は避けるべきである。十分に火が通った料理、密栓された飲み物、皮をむいて食べるものは概ね安全であると思われる。水の安全が確かでない限り、飲み水や歯を磨く水は、煮沸するか市販のミネラルウォーターを使用したほうが良いと思われる。また、最近日本国内に長期滞在している外国人が、東南アジア、インド亜大陸、中国など自国に一時帰国した際に感染し、日本で発症するケースが増えている。

治療に影響を及ぼす耐性菌の動向を監視する必要性が増しているので、腸チフス、パラチフス患者から分離された菌株は感染研に送付されることをあたらめてお願いする。

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