病理学の父R. Virchowはヒトに感染する動物の病気を「zoonosis[zoon(動物の)-osis(病気)]」と呼んだ。WHOとFAOの合同専門家会議(1958)では「本来ヒトとヒト以外の脊椎動物の両者の間を伝播する性質を有する微生物による感染と疾病」と定義された。「人獣共通感染症」と訳されることが多いが、厚生労働省では、特にヒトの健康問題を中心に考え「動物由来感染症」を用いている。
わが国の動物由来感染症:現在、ヒトへの感染が報告されている微生物の約60%、八百数十種類が動物に由来するとされる。さらに近年、世界各地で発生している新興・再興感染症の多くが各種動物を病原巣・感染源としていることが明らかになり、動物由来感染症の重要性が認識されてきている。
わが国は、これまでに狂犬病やペストなど多くの動物由来感染症の制御に成功してきた。これは、日本が島国であるため陸生動物の直接侵入が限られることや、冬期間は動物やベクターの活動が低下することなど、地理的・気候的な利点を背景に、国内対策に焦点を絞ることができたことが大きい。しかし近年は世界中から多くの動物や畜産物が輸入されるようになり、また、渡り鳥等、自然の条件下で海外から侵入する動物の実態も明らかになってきた。これらのことは、従来国内には見られなかった新しい動物由来感染症が侵入する可能性が高まり、その侵入経路も多様化していることを示している。
国内監視体制の強化:1999年4月に施行された感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づく感染症発生動向調査では、現在86の感染症について医師に届出義務が課せられており、このうち約4割が動物由来感染症である。2003年11月に施行された感染症法の改正では(IASR 25: 1-3, & 25: 4-4, 2004参照)、レプトスピラ症、野兎病、リッサウイルス感染症、ニパウイルス感染症、サル痘、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)およびE型肝炎が新たに4類感染症として追加された。4類感染症には主としてその対策に病原巣・感染源動物に対する規制が必要となる感染症が指定され、特に野生動物(エキゾチックペット、都市型野生動物を含む)を病原巣・感染源とする疾患が多い。大規模発生を起こしうる感染症には飼育密度の高い家畜(畜産物)が関係する疾患が含まれる。
また、感染症法では動物がヒトに感染させる恐れのある感染症が発生した場合に、発生の状況、動向および原因を明らかにするための積極的疫学調査を行う権限が都道府県知事や国に賦与されている。
さらに、感染動物を診断した獣医師が届出義務を負う感染症と感染動物として既に指定されていたエボラ出血熱のサル、マールブルグ病のサル、ペストのプレーリードッグ、重症急性呼吸器症候群(SARS)のハクビシン等に加えて、2004年10月に細菌性赤痢のサル、ウエストナイル熱の鳥類およびエキノコックス症のイヌが定められた。
動物の輸入規制:これまで、家畜以外の輸入動物による感染症持ち込みに対しては、検疫(サル、イヌ、ネコ、キツネ、アライグマおよびスカンク)と輸入禁止(一部のサル、プレーリードッグ、ハクビシン、イタチアナグマ、タヌキ、ヤワゲネズミ、コウモリ)の措置がとられてきた。
しかし、これら以外に毎年輸入されている数10〜 100万頭の各種脊椎動物のほとんどに対しては衛生面の対策は施されず、野生動物の輸入は野放しに近かった。そこで、感染症の国内侵入対策として、2005年7月よりペット用のサルは全面的に輸入禁止とされ、輸入可能な動物に対しても2005年9月より輸出国政府機関が発行する衛生証明書等の添付が義務づけられる(本号4ページ参照)。衛生証明書には、輸入の目的を問わず、齧歯目およびその死体は、ペスト、狂犬病、サル痘、腎症候性出血熱、ハンタウイルス肺症候群、野兎病、レプトスピラ症感染がないこと、ウサギ目では狂犬病と野兎病非感染であること、その他の陸生哺乳類では狂犬病を発症していないこと、すべての鳥類はウエストナイル熱、HPAIを発症していないことの証明が求められている。
感染症発生動向調査:表1に示した動物由来感染症の患者数のうち、新しく4類に指定された疾患では、レプトスピラ症(2003年1名、2004年18名)やE型肝炎(2003年30名、2004年36名)が報告されている。特にE型肝炎では、イノシシの生肝臓や野生シカの生肉摂食による感染例が報告され、増加傾向にある。市販の豚レバーの中には少数であるがE型肝炎ウイルス遺伝子が検出されるものもあるので、十分加熱調理することが必要である。その他の新しい4類感染症(野兎病、リッサウイルス感染症、ニパウイルス感染症、サル痘およびHPAI)の患者発生報告はない。
獣医師が届出義務を負う感染症では、2004年10月以降に細菌性赤痢10件(サル:研究用に輸入)とエキノコックス症2件(イヌ)の届出があった。細菌性赤痢は毎年470〜840名の患者発生報告があるが(表1)、その大部分は動物由来以外の感染と思われる。一方、エキノコックス症(多包虫症)はわが国では特に北海道に多く、2000年以降、毎年10〜20数名の新規患者の報告がある。本症の終宿主であるキツネの感染率は北海道では約40%とされており、これら感染源となる動物対策に加え、本州以南への拡散防止が課題となる。
おわりに:動物由来感染症の発生には野生動物、家畜、ペット等の多様な病原巣・感染源動物(表1)と、複雑な伝播経路が関与する。今後、感染動物の病原体診断体制を整備するなど、国内外の監視体制をさらに充実し、予防対策、発生時対策を強化する必要がある。さらに、近年のアジア地域における脅威的な動物由来新興感染症の発生を踏まえて、地球的な視野から動物由来感染症を制御する取り組みも必要となる。