新しいPFGEプロトコールによるコレラ菌の遺伝子解析

(Vol.27 p 8-9:2006年1月号)

腸管出血性大腸菌O157の疫学解析に威力を発揮しているパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法は、コレラ菌においても適用され、過去に国内で流行を起こした株や、海外渡航者から分離された株との比較により、海外渡航歴のない国内散発例の解析に応用された(IASR 19: 99-101, 1998参照)。

インターネットを介したPFGEパターンの集積および解析は米国CDCにおいてPulse-Netとして、腸管出血性大腸菌O157を中心にすでにいくつかの食品由来病原細菌で成果を挙げている(http://www.cdc.gov/pulsenet/index.htm )。わが国においても1996年の大阪府堺市での事件以降、各地研とともにネットワーク化を推進しているところである。さらに、感染症のグローバル化に伴い、北米のPulse-Net、EUのEnter-netにならい、アジア地域での感染症の流行をとらえるPulse-net Asia Pacificの構築が進められている。

コレラは日本国内では集団発生が見られなくなったが、他のアジア各国ではいまだに流行地域も多く、WHOの報告でも毎年のように大きな流行が起こっている(本号16ページ参照)。したがってPulse-net Asia Pacificにおいても最初に挙げられたテーマはコレラ菌で、CDC(米国)、Public Health Laboratory Centre(PHLC,香港)、国立感染症研究所、International Center for Diarrhoeal Diseases Research(ICDDR,バングラデシュ)が共同研究を開始した。標準株を用いた新しい標準プロトコールによる検討では、良好な成績が得られており、インターネットを介した画像交換でも充分解析可能であった。

この新しいプロトコールによるPFGE解析を、2005年5月のバリ島帰国者から分離され細菌第一部に送付されたコレラ菌[NIID236-05〜242-05(242-05はPFGE未実施)]について行った。制限酵素Not Iによるパターンはに示す通りで、今回の帰国者から分離された株のパターンは完全に一致していた。制限酵素Sfi Iを用いた場合も同様であった。に示すように菌株の性状も全く同一であった。この事例は同一時期にバリ島帰国者8人から5都道府県にまたがってコレラ患者が認められたが、聞き取り調査などにより同一ホテル宿泊者であることが判明し、同一感染源を疑うに至った[IDWR 7(23): 5-6, 2005および本号7ページ参照]。分離株の性状、PFGE解析により、同一曝露であることがより強く示唆された。

1995年にもバリ島帰国者に多数のコレラ患者が認められた。その時分離された株(NIID 1008)と今回の分離株を比較してみると、性状はSMに対する感受性の他は同じであった。PFGEパターンにはいくつかの違いが見られたものの、その差は少なく、かなり近縁であるものと考えられる。

今回は国内の株だけで解析を行ったが、今後Pulse-net Asia Pacific、あるいは北米のPulse-NetやEnter-netとも情報交換を行うことで、流行の拡がりや汚染源の特定が可能になるものと期待される。

国立感染症研究所・細菌第一部
荒川英二 寺嶋 淳 斉藤康憲 渡辺治雄

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