日本紅斑熱はRickettsia japonica を病原体とし、マダニによって媒介されるリケッチア症で、臨床像は同じくダニ媒介性のリケッチア症のつつが虫病に類似しており、その鑑別が重要である。発生報告は4〜11月、九州や四国地方の西日本南西部をはじめ、近畿地方や関東地方の太平洋地域に多い。例外的に島根県でも多くの患者が報告されている(IASR 20: 211-212, 1999)。
広島県内においては、近年、つつが虫病は毎年数名の患者が確認されているが、日本紅斑熱については1999年に1名の患者が確認されているのみである(Jpn J Infect Dis 53: 216-217, 2000)。ところが、2005年10〜11月にかけて、県内で相次いで2名の日本紅斑熱の患者が確認された。それらの患者の疫学情報を収集、分析してみると、3名いずれもが広島県東部の、ある特定の地区において感染したものと推定された。この地区は周囲を山林に囲まれ、小川と溜池が点在している山村集落である。本県において、R. japonica を保有するダニが棲息していると考えられる地区が確認できた意義は大きい。今回の発生を受けて、該当する地区の保健所管内医師会および感染症発生動向調査定点医療機関への情報提供、市の広報誌への掲載はもとより、周辺自治体へ資料提供を行うことで注意喚起を促したところである。今後は県内の医療機関および自治体等に情報の提供を行うとともに、この地区を含めた県内のマダニの生態・分布調査や患者のサーベイランスを行い、本県における日本紅斑熱の侵淫状況を明らかにしていく必要がある。
本県において日本紅斑熱と診断された3名の患者の概要は次の通りである。
症例1:82歳、男性。1999年10月8日発症。高熱と全身の紅斑、頭痛を主訴として10月16日に医療機関を受診した。受診時の臨床検査において腰部に13×9mmの黒色痂皮状の刺し口を2カ所認め、右そけい部のリンパ節腫脹と、肝脾腫が認められた。11月11日(35病日)の血清ではR. japonica YH株を抗原とした間接蛍光抗体(IFA)法で、IgG抗体40倍、IgM抗体160倍を示し、日本紅斑熱の感染が確認された。なお、2000年4月11日(187病日)の血清では、IgG抗体160倍、IgM抗体20倍未満であった。いずれの血清でも、つつが虫(Kato、Karp、Gilliam 株)に対する抗体は認められなかった。感染場所については、自宅付近の山林で、農作業中に感染したと考えられた。
症例2:37歳、女性。2005年10月16日発症。40℃の高熱と全身の紅斑、全身倦怠を主訴として10月19日に医療機関を受診した。受診時の臨床検査で腹部にダニの刺し口と思われる潰瘍および痂皮を認めた。リンパ節の腫脹は認められなかった。19日(4病日)の血清では、R. japonica YH株に対するIFA抗体は認められなかったが、11月2日(18病日)の血清ではIgG抗体、IgM抗体はいずれも320倍であった。なお、つつが虫病のGilliam、Kawasaki、Kuroki株に対する抗体価はIgG抗体が、それぞれ20倍未満、20倍、20倍であったが、IgM抗体は認めらなかった。この患者は、実家が当該地区にあり、発症の2週間程前に帰省した際に感染したものと考えられた。
症例3:75歳、女性。2005年10月16日発症。39℃台の高熱、全身倦怠感、嘔吐が出現し、18日には全身の紅斑が出現したことから10月19日に医療機関を受診した。受診時の臨床検査の際には、ダニの刺し口およびリンパ節の腫脹は確認できなかった。11月7日(23病日)の血清でR. japonica YH株に対するIFA抗体が、IgG抗体640倍、IgM抗体160倍であり、11月10日(26病日)の血清ではIgG抗体1,280倍、IgM抗体160倍であった。なお、つつが虫病に対する抗体は認められなかった。本症例と症例2とは親戚関係にあり、やはり、発症10日程前に症例2の患者の実家に滞在した際に感染したものと考えられた。
なお、今回の疫学調査によって、症例2および3と同一の生活環境下にあった者から、症例と同症状の者が2名発見されたが、いずれも本疾患の検査や診断はなされていなかった。
日本紅斑熱の臨床像は、つつが虫病のそれと類似していることから、臨床所見のみでは両者の鑑別は困難である。従って日本紅斑熱と診断するためには、IFAなどの手法を用いた血清学的診断か、PCRによるR. japonica 特異的DNAの検出による確定診断が必須である。事実、今回我々が示した3症例については、いずれも最初の診断はつつが虫病が疑われていたものである。つつが虫病の確定診断については、IFA用の診断抗原が市販されていることもあり、多くの地方衛生研究所(地研)や、民間の臨床検査機関において検査が実施されている。ところが日本紅斑熱の場合は、診断用の抗原が市販されていないことから、確定診断が一部の地研や大学などの研究機関でしかできないという現状にあり、このため、診断がなされていなかったような2名のように、本症の患者が見落とされてきた可能性も否定できない。また、2003年には、これまで日本紅斑熱の患者が発生していなかった愛媛県においても複数の地域で患者が確認されているように(IASR 25: 11-12, 2004)、日本紅斑熱が日本国内で拡大している可能性も考えられる。こうしたことから、日本国内における本症の実態を把握し、本疾患の遷延化を防止するためにも、国立感染症研究所を中心として、少なくとも各地研においては確定診断ができる検査体制を早急に整備する必要があるのではないか。喫緊の課題として提案したい。
広島県保健環境センター 高尾信一 宮崎佳都夫
尾道総合病院 前田元朗
尾道市立市民病院 岡田震一
広島県尾三地域保健所 桐山美紀子 後藤五郎 丸山克公 開本真由美
広島県感染症情報センター 畑本典昭
広島県保健対策室 大久保智子 荒川 勇