日本紅斑熱の早期診断:皮膚生検を利用した免疫染色の実用性

(Vol.27 p 38-40:2006年2月号)

はじめに

日本紅斑熱(Japanese spotted fever)は、1984年に馬原が徳島県阿南市で3例を経験したことに端を発して確立された新興感染症で、Rickettsia japonica 感染による日本固有の紅斑熱群リケッチア症である1)。臨床症状(発熱、発疹、刺し口が3大徴候)はつつが虫病に酷似している。これまでに、キチマダニ等のマダニ類の皮膚寄生によって媒介されること、しばしばDICを併発して重症化すること、4〜11月に発生する季節性があること、治療にテトラサイクリン系抗菌薬(ミノサイクリン)に加えてニューキノロンの併用が有効なこと(つつが虫病との相違点)などが明らかにされた2,3)。現在、感染症法によって4類感染症に指定され、全例の届出が実施されている。ここ数年は年間患者数が40人前後と、4類・5類感染症のなかでは、レジオネラ、つつが虫病についで発生数が多い。2004年には患者数が67人と増加し、感染地域が拡大しつつある。2001年に1例、2004年には2例の死亡例が記録された。2005年の淡路島の死亡例では初めて病理解剖が実施された(本号10ページ参照)。本リケッチア症には、重症化を未然に防ぐための一日でも早い確定診断が待ち望まれている。現在のところ、確定診断前にミノサイクリン治療を開始せざるを得ない。

従来、血清抗体価の上昇をもって診断が確定されてきたが、抗体価の上昇までには、通常、発症後5〜10日を要した。陰性の場合は、さらに発症後2週まで検査を行う必要があった1-3)。ワイル・フェリックス反応は本症発見のきっかけとなった血清反応だが、特異性は低い。刺し口あるいは皮疹からの皮膚生検は、観血的ではあるものの、比較的容易に行える日常的診断手段である。生検組織を対象とする免疫染色は、早ければ2〜3日で結果がもたらされるため、現在のところ最も短期間に確定診断を得る方法である4)。

免疫染色の条件

皮膚生検:刺し口ならびに四肢を中心とする皮疹(しばしば出血性)から生検を行い、型のごとく、ホルマリン固定パラフィン切片を作製する。通常のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色の組織所見では、非特異的な血管周囲性リンパ球浸潤が主体であり、刺し口ではフィブリン析出を伴う壊死性潰瘍が観察される。こうした組織所見は非特異的であり、HE染色像から日本紅斑熱と診断することはできない。

免疫染色:特異抗体は、金沢医大、及川陽三郎博士が作製した抗R. japonica マウスIgM型モノクローナル抗体2種(S3、X1)を利用した(適正希釈:S3は100倍、X1は50倍)5)。方法は、高感度染色法であるアミノ酸ポリマー法(シンプルステインMAX-PO、ニチレイ)を適用した。切片剥離防止目的で、全標本にシラン処理スライドガラスが使用された。2種の抗体とも、プロテイナーゼK処理(15分)あるいは10mMクエン酸緩衝液(pH 7.0)を用いた加熱処理(圧力鍋による 120℃加熱処理、10分)6)が有効で、明瞭な特異シグナルが病変部の血管内皮細胞およびマクロファージに観察される。無処理切片では特異シグナルは認められないため、蛋白分解酵素処理あるいは加熱による抗原性賦活化処理は必須のステップである。

ちなみに、今回用いた2種のモノクローナル抗体は紅斑熱リケッチアに広く交差反応するが、Orientia tsutsugamushi には反応しない。したがって、陽性所見はつつが虫病との鑑別診断には有用だが、他の紅斑熱群リケッチア症の可能性は否定できない。

結 果

皮膚生検は血清学的に確定診断された計5例を対象として行われた。5例全例の刺し口に、血管内皮細胞およびマクロファージの細胞質に一致した顆粒状の陽性所見が得られた。皮疹部の生検は4例で四肢から行われたが、3例で陽性所見を認めた。刺し口の壊死部ではマクロファージの陽性所見がめだつ一方、皮疹部では主として血管内皮細胞が陽性だった。また、出血性皮疹を呈した1例(表・症例1)に壊死性血管炎の所見を認めた(図1)。出血性皮疹はつつが虫病ではまれにしか経験されない。日本紅斑熱における出血性皮疹は感染性壊死性血管炎と関係している可能性がある。図2に刺し口ならびに紅斑部皮膚におけるリケッチア抗原陽性所見を示す。

生検は発症後3〜9日に行われ、全例でミノサイクリン投与後(当日〜7日)であった。発症4日以後に生検された症例ではすでに下熱後だった。リケッチア抗原はこうした条件の皮膚生検でも陽性であった点は特筆すべきである()。

免疫染色の結果は、特異性の異なる2種のモノクローナル抗体で同一であった。これら抗体は、つつが虫病の皮膚生検では陽性所見をもたらさなかった。

考 察

日本紅斑熱を可及的速やかに確定診断するために、刺し口ならびに皮疹からの生検組織を対象とした酵素抗体法染色が確立された。抗原性賦活化処理を施すことにより、通常のホルマリン固定パラフィン切片から特異モノクローナル抗体2種に反応する紅斑熱リケッチア抗原が安定的に証明された4,7)。血管内皮細胞およびマクロファージが紅斑熱リケッチアのおもな標的細胞だった。この観血的方法は早ければ2〜3日で結果が判定できるため、早期診断への応用価値が高いことが確認された。

特筆すべきは、出血性皮疹を呈した一例に壊死性血管炎の所見を認めた点である7)。出血性皮疹はつつが虫病ではまれである。日本紅斑熱における壊死性血管炎が疾患の重症度と関連するか、リケッチア抗原量と相関するかなど、今後の研究課題といえよう。

本稿では早期診断目的の皮膚生検を対象としたが、全身感染をきたす日本紅斑熱の全身諸臓器病変の特徴については、剖検例の解析が切望される。2004年に経験された徳島県の高齢女性例では、女性の発症後約2週間して放し飼い状態だった飼い犬が突然死亡した。イヌの剖検臓器(腎尿細管および白脾髄)にR. japonica 抗原が証明された(未発表データ)。すなわち、本リケッチア症が人獣共通感染症である可能性が強く示唆される。

なお、県立淡路病院病理・堀口英久先生の協力のもと、剖検例の解析が進行中だが、小腸、腎、精巣、肝などにマクロファージの独特の集簇巣が形成されていた。一部は尿細管上皮への感染を認め、イヌの所見と共通であった。今後の分析の成果を待ちたい。

文 献
1)Mahara F, Emerging Infectious Diseases 3: 105-111, 1997
2)馬原文彦,堤 寛,病理と臨床 21(臨増): 186-192, 2003
3)Mahara F, Ann New York Acad Sci, 2005(in press)
4)馬原文彦, 他,感染症学会雑誌 79(臨増): 254, 2005
5)Oikawa Y, et al., Jpn J Med Sci Biol 46: 45-49, 1993
6)堤 寛,鴨志田伸吾,病理と臨床 23: 189-198, 2005
7)Tsutsumi Y, Pathology of infectious diseases, http://info.fujita-hu.ac.jp/~tsutsumi/index.html

藤田保健衛生大学医学部・第一病理学 堤 寛
馬原医院 馬原文彦

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