アジアにおける鳥インフルエンザ(A/H5N1)の状況

(Vol.27 p 311-312:2006年11月号)

2004年初頭〜3月にかけて、山口県・京都府・兵庫県の養鶏場において鳥インルエンザA/H5N1(以後 H5N1と略す)の集団発生が見られた。同時期にタイやベトナムなどアジアの国々においても鳥におけるH5N1の集団発生が見られていた。日本の集団発生は適切な防疫措置により沈静化し、すでに清浄化されているが、東南アジアの集団発生は沈静化するどころかますます拡大し、さらには中央アジアや中東、ヨーロッパやアフリカ大陸など他の地域へと波及している。新型インフルエンザの世界的大流行の引き金となることが懸念されている。

H5N1の流行は以前にもあり、1997年には香港で発生している。この際は養鶏場での大流行にとどまらず鳥からヒトへの感染も発生し、18名のH5N1患者が確認され、うち6名が死亡している(IASR 19: 277-278, 1998参照)。香港政府は約150万羽の鶏類を殺処分し、集団発生は終息した。

2003年初頭には、中国本土へ旅行した香港の住民2名がH5N1に感染した(IASR 24: 67-68, 2003参照)。以降、2003年末に韓国で鶏におけるH5N1の集団発生、204年初頭に日本、そしてアジアの各国での集団発生と続いた。2004年10月までの状況はIASR 25: 293-294, 2004を参照されたい。その時点で家禽の集団発生が確認された国は韓国、ベトナム、日本、タイ、カンボジア、ラオス、インドネシア、中国、マレーシアの9カ国であった。そのうちタイとベトナムでは鳥からヒトへの感染が発生し、ヒト感染者の総数は44例(うち死亡32)、またヒトからヒトへの感染が証明された事例はなかった。

その後、韓国・日本とマレーシアは制圧に成功し、国際獣疫事務局(OIE)から清浄国の認定を受けた。一方、タイ、ベトナム、インドネシアからは家禽の間で集団発生の報告が相次ぎ、中国からも散発的ではあるが集団発生の報告がなされている。さらに2005年のなかごろには中東から東ヨーロッパ、2006年にはアフリカ大陸へと拡大していった()。

家禽の間で集団発生が継続している国々では、散発的ながら鳥からヒトへの感染も見られている。ヒト症例の報告は2004年にはタイとベトナムだけであったが、2005年にはカンボジア、中国、インドネシアからも報告があり、2006年にはアゼルバイジャン、ジブチ、エジプト、イラク、トルコの各国でもヒト症例が発生した。2006年10月現在、ヒト症例を報告している国の数は10に達した。各国からの報告症例数と死亡数の年次推移をに示す。

感染の抑制には家禽における集団発生に対する適切な措置が欠かせない。2004年に大きな影響を受けたタイとベトナムは、比較的積極的に鳥の殺処分を行った。タイでは2006年2月ごろまで継続して家禽の集団発生が起こっていたが、それ以降は散発的な発生にとどまっており、いずれも迅速な殺処分にて対応している。集団発生をいち早く検知するサーベイランスもうまく機能しているものと思われる。ベトナムも同様であり、2005年12月ごろまで起こっていた継続的な集団発生が2006年に入って終息している。鳥から検体を採取するサーベイランスと、陽性検体の得られた集団はたとえ無症状でも殺処分するといった防疫措置も積極的に行われている。その成果の現われとして、ヒトの症例数もタイでは2005年5例、2006年3例と大幅に減少している。ベトナムに至っては2005年に61例の症例があったが、その年の11月25日を最後に約11カ月間患者発生の報告はない。

対照的なのが中国とインドネシアであり、特に状況が深刻なのがインドネシアである。インドネシアからOIEへの鳥における集団発生の報告は、2006年に入ってわずか4件しかない。にもかかわらず、ヒト感染例は継続的に検知されており、2006年だけでも2005年(19名)を大きく上回る53名の感染者が明らかになっている。その曝露源調査によってOIEに報告されていない鳥の集団発生が初めて明らかになるという状況が続いている。インドネシアでは多くの家禽が裏庭飼育などのような小規模な群れで存在している。人々はそれらの家禽に栄養源を依存しており、感染鳥をも食用として有効活用するなど、集団発生制圧に必要な徹底した殺処分や移動制限などの防疫措置が取りにくい。そして、53例のうち43名が死亡しているので致死率は81%となるが、これはWHOに報告されている症例全体の致死率59%を大幅に上回る数字であり、H5N1感染患者のうち軽症者の検知ができていないことを示している。つまり、ヒト感染症例のサーベイランスも有効に機能していないということが懸念される。

鳥インフルエンザがヒトに感染し、さらにヒトからヒトへの感染伝播が進むうちに、ヒトの間で効率的かつ持続的に感染伝播するウイルス株へと変化し、新型インフルエンザの世界的大流行へとつながる懸念がある。これまで、ベトナムやタイで家族内小集積事例が報告され、濃厚な看病を行った家族間でのヒト−ヒト感染が疑われている。しかしいずれの事例もヒトからヒトへ1世代の感染が疑われているにすぎなかった。2006年4月〜5月にかけて、インドネシアのKaro地区で発生したヒト症例の家族内小集積事例では、発端者(H5N1と診断されてはいないが呼吸器疾患で死亡しており、H5N1感染が非常に疑わしい)から数名に、さらにそのうちの1名から1名に感染伝播したと考えられている。詳細については、国立感染症研究所・感染症情報センターのウェブページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/62who3.html)を参考にされたい。このような事例はこの1件のみであるため、現時点でH5N1がヒトからヒトへ効率的に感染伝播する能力を獲得したとは考えにくい。しかし、アジアにおける鳥やヒトでのH5N1感染の発生状況を今後も注意深く監視していく必要がある。

新着の情報は感染症情報センターのウェブページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/index.html)を参照されたい。

国立感染症研究所感染症情報センター 森兼啓太

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る