国内感染と考えられたコレラ菌O139初発事例−広島市

(Vol.28 p 86-88:2007年3月号)

2006年9月29日、広島市内B病院から本市保健所へ、「市内A医院から転院してきた患者をコレラ疑似症と診断し、第二種感染症指定医療機関に再転院させる。」旨の連絡が入り、患者等の行動状況および喫食状況等の調査が開始された。

患者糞便から分離されたVibrio cholerae の性状を示した菌株について、当所で確認検査を行った結果、O139抗血清に凝集するV. cholerae と同定され、コレラ毒素(CT)の検査で陽性の結果を得たことから、本例はV. cholerae O139によるコレラと確定された。

患者は健康な70代の女性で、9月27日未明に下痢、嘔吐の症状を呈したため、近医のA医院を受診し、当日にB病院に転院・入院となった。また、患者は配偶者と二人暮らしで、両名ともに海外渡航歴はなく、配偶者の方は菌陰性であった。

情報探知後直ちに、保健所により、患者自宅トイレの消毒等の汚染拡大防止策が実施されるとともに、喫食調査からは、患者らは発症前に刺身を頻回に喫食していたことが判明した。しかし、利用した食品購入店舗・外食先等への調査では、他に有症者や苦情等は認められず、その後も、本市において同菌による患者発生は認められなかったことから、患者の感染原因については特定できなかった。

当所で実施した分離菌株の生化学的性状は、TSI:黄/黄、ガス−、硫化水素−、LIM:リジン+、インドール+、運動性+、食塩加ペプトン水発育0%+、3%+、API-20E コード5346124(%id 99.8%)で、V. cholerae に該当した。抗血清(デンカ生研)による凝集試験では、O1抗血清に凝集せず、O139抗血清に凝集が認められ、PCR法によるO1特異遺伝子、O139特異遺伝子、およびCT遺伝子(ctx )の検索で、O139特異遺伝子およびctx が検出された。また、CT産生はCAYE培地の30℃、2日間振とう培養上清を用いたRPLA法(VET-RPLA、デンカ生研)で8倍(8〜16ng/ml)まで凝集が認められた。12薬剤(FOM、NA、ABPC、TC、SM、KM、CP、EM、ST、OFLX、CPLX、NFLX)に対する薬剤感受性試験では、6薬剤(NA、ABPC、TC、KM、CP、EM)に耐性が認められた。

WHOの報告では、V. cholerae O139は、アジア地域で分離されるV. cholerae のうち、およそ15%を占めている。その流行は今のところ南東アジアのみに限られ、特に中国では2004年の症例の59%がO139によるとされ、O139感染の割合が高い。

今回の分離菌株を感染研においてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)解析した結果、この分離株は2004年に中国渡航帰国者から分離された菌株に最も類似したパターンを示した(図1表1)。しかし、最近の海外での流行株との比較が行えないため、この菌株の由来についての詳細はさらに検討を要する。

わが国のコレラ感染者は、最近では年間50例前後が報告されているが、ほとんどは血清型O1である。O139による事例について、1997年以降では、2002年10月横須賀市でインド旅行帰国者1名から(IASR 23: 315, 2002)、2004年8月には山形県で中国渡航帰国者2名(表1 NIID No. 234、235、およびIASR 27: 9-10, 2006)からの分離報告はあるが、いずれも海外での感染事例であった。

一方、今回本市で発生した事例は、前述のとおり、本人および配偶者、ならびに把握できた接触者に海外渡航歴がないことから、国内で感染したものと考えられる。本邦において、O1コレラについては約2割が国内感染と考えられるが、O139では、この事例が国内感染によるコレラとしては初めての報告と考えられる。今後は、同血清型コレラ菌についても国内での感染動向について、一層注視しておく必要がある。

広島市衛生研究所
蔵田和正 谷口正昭 吉野谷進 渡邉朱美 国寄勝也 石村勝之 笠間良雄 松本 勝
国立感染症研究所 荒川英二 寺嶋 淳 渡辺治雄

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