麻疹発生DB(データベース)の評価

(Vol.28 p 255-256:2007年9月号)

麻疹が稀な疾患になりつつある現状では、単に患者の発生状況のトレンドを追うだけではなく、詳細なサーベイランスが必要である。また麻疹排除を目的として、迅速な探知、対応、関係者の間での情報共有が重要となる。しかしながら、現行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法)における定点での患者数の把握では漏れが大きく、正確な動向把握が難しい。また、感染症発生動向調査では医療機関での診断から最大10日遅れ、情報量も都道府県別年齢群別性別ごとの患者数にとどまり、迅速な対応に結びつけることは難しい。これを解決する最善の方策は全数把握への変更であるが、それには厚生労働省令の改正が必要であり、実現に向けての動きはあるが、現段階では現行のままである。

そうした中で、2006年春に茨城県での麻疹流行(本号13ページ)を受けて、今後の麻疹流行の早期探知、対応のために、感染症法には基づかないものの、現場にいる医師の自発的な協力に基づき、感染症発生動向調査よりもより網羅的で、より迅速で、より情報量が多く、また医師間あるいは衛生部局関係者の間で情報共有できるシステムである「麻疹発生DB(データベース)」を2006年5月12日に構築し、国立感染症研究所感染症情報センターのホームページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/meas-db.html)において運用を開始した。これには全数把握に向けてのモデルケース的な取り組みという意味もあった。

2007年春からの関東地方を端緒とする麻疹流行時にはすでに「麻疹発生DB」は稼働しており、本稿では麻疹流行の中で「麻疹発生DB」がどのように機能してきたかについてまとめる。対象は特に断りのない限り2007年1月1日〜7月31日までに発症した否定例68例を除く1,534例とする。

図1は、一般にも公開されている「麻疹発生DB」のトップページである。上段には都道府県別の発生状況が示され、下段では発症日での患者発生曲線が示されている。患者発生曲線は単峰で、そのピークは5月14日頃である。また、今回の流行を受けて、随時予防接種の有無別年齢分布も感染研のホームページ上で示されている(図2)。最大数の患者報告があった年齢は1歳であるが、1歳以上の接種率の高い年齢階層では患者報告数はいったん大きく下がり、その後増加して18歳でピークを迎える。このことからも、今回の流行が高校大学生相当の年齢を中心とした流行であったことがわかる。

図3図4は「麻疹発生DB」の目的である迅速性についてまとめた図で、図3は受診から報告までの期間、図4は発症から報告までの期間をそれぞれ示している。現行の発生動向調査は1週間以内の届けであり、「麻疹発生DB」での診断から報告までが1週間未満であれば、「麻疹発生DB」の方が発生動向調査よりも早い報告ということになる。実際に「麻疹発生DB」では56%の症例では1週間以内に報告されている。また、現行の発生動向調査では、情報還元に最大2週間かかる。「麻疹発生DB」では情報還元は登録と同時であるので、診断から2週間以内に報告されれば発生動向調査よりも早い情報還元、共有が実現したことになる。実際には77%の症例で診断から2週間以内に報告されている。

迅速な対応につなげるためには、診断から報告よりもむしろ感染性が生じる発症から報告までの期間がより重要である。図4によると、発症日から1週間が感染性を有している期間と考えると、38%の症例で感染性を有している期間に報告、情報共有がはかられている。これに基づいて速やかに対応がとられれば、より速やかな二次感染者の抑制に貢献すると思われる。逆に、潜伏期間を2週間とすると、発症から3週間後には二次感染者が発症し三次感染を引きおこす。「麻疹発生DB」では、16%の症例では発症から3週間後の報告であった。

今回の麻疹流行を契機に、麻疹対策が講じられることとなった(本号22ページ)。その中で、サーベイランスに関しては、従来の定点報告から全数報告に変更されることとなった。また、その際に、麻疹と診断された場合には24時間以内に保健所に報告するように求められている。それが文字通りに機能すれば、感染症発生動向調査の方が「麻疹発生DB」よりも迅速な把握に貢献すると期待される。しかしながらその場合においても、発生動向調査では把握できる情報はサーベイランスとして必ずしも十分ではないことに加えて、臨床所見で麻疹が疑われるが検査診断で確定される前の症例に関する情報共有という側面においても十分ではない。その意味で麻疹が全数報告となった後でもなお「麻疹発生DB」の価値は残ると考える。

国立感染症研究所感染症情報センター
大日康史 菅原民枝 多屋馨子 上野久美 安井良則 砂川富正 岡部信彦
西藤こどもクリニック 西藤なるお

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