世界の麻疹の状況

(Vol.28 p 262-263:2007年9月号)

概観
麻疹は、かつての天然痘や、根絶に向かって活動が続けられているポリオなどと同様に、国際的な協同のもとで対策が進められている感染症の一つである。地域における対策の進捗状況には差が認められることから、世界保健機関(WHO)は、WHOが区分する世界の6地域について、麻疹ウイルスの常在的伝播がなくなった状態、すなわち「麻疹排除」を目標とする地域と、「麻疹による死亡者数減少」を目指す地域に大きく分けて目標設定を行っている。麻疹排除地域としては、早くから麻疹含有ワクチンの2回接種機会の提供、全数サーベイランス、患者発生時の疫学調査などの対策を精力的に実施してきたWHO汎アメリカ地域(PAHO)が、2000年に流行国からの麻疹輸入例への警戒を行う「麻疹排除」の状況に到達した。「麻疹による死亡者数減少」を目指す地域としては、WHOアフリカ地域(AFRO)およびWHO東南アジア地域(SEARO)が存在するが、この2地域を除く3地域は、WHOヨーロッパ地域(EURO)およびWHO中東地域(EMRO)がともに2010年を、日本を含むWHO西太平洋地域(WRPO)が2012年を麻疹排除の目標年と定めている(WPROにおける取り組みの詳細については、本号23ページ)。なお、国際的な健康に関する安全保障(Global Health Security)を達成するための枠組みである国際保健規則(IHR: International Health Regulation)が改訂され、2007年6月より、WHOがフォローする健康に関する事象が、「国際的な懸念を有する公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern)」へと広げられた。この改訂により、流行地域から排除地域への麻疹ウイルスの移動が、国際的により厳しく監視されていこうとしている。麻疹の国際的な対応に関連する状況の一つとして注目される。

麻疹による死亡者減少を目標とする国々を中心とする状況
麻疹流行が見られる国々では、その高い感染性とともに、致死率が20%にも達する場合がある重症感染症として恐れられている。2002年における世界のワクチン予防可能疾患による年間死亡者推定数140万人中40%は麻疹によるものであったと推定される。WHOやUNICEFは、麻疹による死亡の98%を報告していると考えられる47カ国を麻疹対策優先国として挙げている。このほとんどは上述のAFROやSEAROに属する国々であり、世界で最も社会インフラの整備が遅れ、ワクチン接種率も低く推移している地域である。

これらの国々では、国際的な連携のもと、麻疹対策が以下の4項目を重点的に行われてきた。すなわち、1)定期接種事業の強化による、全小児への最低1回の麻疹含有ワクチン接種、2)補足的ワクチン接種(地域や国レベルでのワクチン接種キャンペーンなど)を中心とする、2回目の麻疹含有ワクチン接種機会の賦与、3)サーベイランス強化、および4)ビタミンA投与を含む臨床管理の改善、である。その結果、世界の麻疹による推定死亡者数は、1999年の 873,000人から2005年の 345,000人へと、約60%減少したと考えられており、予測を上回る好結果となった。特にアフリカ地域での麻疹による死亡減少が75%に達したことが大きく寄与している。この間の、それぞれの指標の推移は、1)に関しては、全世界における最低1回の麻疹含有ワクチン接種率が71%から77%へと上昇、2)については生後9カ月以上15歳未満の者で補足的ワクチン接種として麻疹含有ワクチンを接種された者が3億6千万人であったと推定されている。

国際社会の次のチャレンジは2000年と比較して2010年までに麻疹による死亡を90%減少させるというものである。この目標設定は、特にアフリカ地域の対策が進む中で、依然多くの患者数を報告しているインドやパキスタンなどの南アジア地域において重点的な対策を実施できるかに成否がかかっている。パキスタンでは、2007年3月〜2008年にかけて、約6,400万人の生後9カ月〜13歳まで者を対象とした史上最大規模の麻疹含有ワクチン接種キャンペーンを実施中である。

南北アメリカおよびヨーロッパの最近の状況
2005年には、南北アメリカ全体で 100例を下回る麻疹の発生数が報告されていたが、2006年には検査により麻疹と確定された計187例がベネズエラ(92例)、ブラジル(14例)、メキシコ(23例)、カナダ(13例)、米国(45例)より報告された。このうち、明らかな輸入例および輸入関連例が約3分の2を占めており、残りは感染源不明とされている。2007年には、8月上旬までに計115例の検査確定例がベネズエラ(23例)、カナダ(80例)、米国(12例)より報告されている。これまで最多の患者数を報告しているカナダでは、4月15日に発症した麻疹患者を発端者とする集団発生がケベック州より報告された。8月11日現在、麻疹ワクチン接種歴が明らかであった71例中65例(92%)が、麻疹含有ワクチンの1回接種歴あるいは接種歴無しの感受性者であったとされる。カナダでは、今年5月、ブリティッシュ・コロンビア州に修学旅行中の日本の高校生が麻疹を発症して隔離される状況が地元メディアなどで大きく報道された。他にも米国などで日本からの輸出と考えられる麻疹の例が度々報道されていることからも、麻疹排除に成功した地域では、先のIHR とも関連して、流行地域からの麻疹ウイルスの浸入に大きな警戒をしていることが改めて示された。

ヨーロッパ地域では、特に東欧で麻疹はこの数年、若年成人を中心に発生している。2005年、ルーマニアでは4,332例の検査確定例(11例の死亡)、ウクライナでも1,062例の検査確定例が報告された。2006年は、EURO全体で約7,400例の検査確定例の報告があり、上位3カ国をルーマニア(2,316例)、ロシア(1,087例)、ウクライナ(945例)の東欧諸国が占めた。特筆すべきはイギリス(768例)で、前年75例を大幅に上回る。2007年は、8月末現在、計約2,000例の検査確定例の報告数となっており、東欧諸国からの報告数は少ない。唯一、スイスが既に 190例(2006年全体で42例)を報告している。スイス中部の観光地ルツェルンを中心とした発生であったことが知られ、分離されたウイルス株がD5であったことから、日本における麻疹流行との関連を示唆する報告も見られた(本号26ページ)。今秋、ウクライナやウズベキスタンなどでは、20代を対象年齢に含む 700万人規模のキャッチアップキャンペーンが計画されており、注目される(私信)。

 参考資料
1) Immunization surveillance, assessment and monitoring (World Health Organization), http://www.who.int/immunization_monitoring/en/
2) Measles/Rubella weekly bulletin (PAHO), http://www.paho.org/english/ad/fch/im/MeaslesWeeklyBulletin.htm
3) Immunization and Vaccines(カナダ保健省),http://www.phac-aspc.gc.ca/im/meas-roug/index_e.html
4) CISID. EURO/WHO, http://data.euro.who.int/CISID/
5) Eurosurveillance Weekly, Volume 12/Issue 1, 2007, http://www.eurosurveillance.org/ew/2007/070726.asp

国立感染症研究所感染症情報センター 砂川富正

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