WHO西太平洋地域(WPR)における拡大予防接種計画(EPI)の主要事業は、同地域における2000年の野生株ポリオウイルス(WPV)伝播の遮断宣言以来、1)小児定期予防接種事業の推進、2)ポリオの地域根絶状態の維持、3)麻疹の地域レベルでの排除、4)B型肝炎対策(乳幼児期感染の予防)の強化、5)新しいワクチンの導入支援、である。
1.ポリオの地域根絶状態維持における課題
1997年のカンボジアでのポリオ症例を最後にWPV伝播のないWPRでは、常在国からのWPVの輸入・伝播と、ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)の発生・伝播の阻止・封じ込めが、ポリオ根絶状態維持の課題である。
1)WPVの輸入
ポリオ流行地からWPV伝播遮断を終えた地域へのWPVの輸入は、世界根絶計画の開始された1988年に比してポリオの発生が1%未満に減少した2000年以降も続いている(本号特集参照)。
WPRでは、WPVによる最後のポリオ症例以降、3回のWPVの輸入があった。中国青海省では、インドで流行していたWPV(1型)と相同性の高いポリオウイルスが1歳4カ月の急性弛緩性麻痺(AFP)症例(男)から分離された(1999年)。シンガポールでは、ナイジェリアでAFPを発症した2歳の女児が治療目的でシンガポールに滞在し、その間WPV(1型)が分離された(2006年)。オーストラリアでは、パキスタンから留学継続のため戻ってきた22歳のパキスタン男性から同国北西部で流行しているポリオと遺伝子型の類似したWPV(1型)が分離された(2007年)。いずれの症例にも二次感染者はいなかった。
2)VDPVの伝播
WPRでは、地域根絶宣言以降、3回の伝播型VDPV(cVDPV)によるポリオの流行があった。フィリピンでは3例のAFP患者と1人の接触者から(2001年)、中国では2例のAFP患者と4人の接触者から(2004年)、カンボジアでは2例のAFP患者から(2005〜2006年)VDPVが分離され、それぞれのcVDPVに対し全国ないし全省の5〜7歳未満の全小児を対象とした大規模な経口生ポリオワクチン(OPV)一斉投与を2回または3回行いVDPV伝播の遮断を行った。なおWPRでは、これまでに24例の孤発性VDPV(aVDPV)が検出されており、日本および中国における2例の免疫不全患者からのVDPV(iVDPV)分離が報告されている。2005年に中国で発見されたiVDPV 症例は、2006年に死亡するまで2型および3型のVDPVを排出し続けた。
2.ポリオ地域根絶維持のための活動とその現状
WHO西太平洋地域事務局(WPRO)では、地域根絶状態維持のため、以下にあげる8つの重点活動の実施を加盟国に勧告している。
1)十分な集団免疫の維持
2008年の世界保健総会ではすべての加盟国に対して小児定期予防接種におけるポリオワクチン接種率を80%以上に維持するよう勧告している。WPR ではほとんどすべての国において70%以上の報告接種率が維持されており、これは地域根絶宣言時およびそれ以降変化していない。しかし報告接種率は実際の集団免疫を過大評価することがあり、VDPVの発生や伝播もそれを示している。ラオス、パプアニューギニア、太平洋島嶼国の一部、また中国やフィリピンの国内に、集団免疫の少ない集団や地域が存在している。このためこれらの国では地域根絶宣言以降もOPV の一斉投与を継続しているが、予算不足によりその規模や頻度は近年縮小しつつある。なおWPV伝播遮断に成功した国ではVDPVやワクチン関連麻痺のリスクが相対的に大きくなるので、WPR でも韓国、香港、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋島嶼国のいくつかでは不活化ポリオワクチン(IPV)含有ワクチンの使用を開始している。
2)高精度のサーベイランスの維持
地域根絶宣言以降、WPRのAFPサーベイランスは75,000以上のAFP症例を精査しており、その精度は概ね適正に維持されている。WPRには世界ポリオ実験室ネットワークに参加する43のポリオ実験室があるが、チベットにある中国の省レベル実験室を除くすべての実験室がWHOのポリオ実験室基準を満たしている。
3)WPV輸入とVDPV発生・伝播への対応準備
WPVによるポリオは、新型インフルエンザ、SARS、天然痘とともに、改正国際保健規則における報告義務のある4疾患のひとつである。2006年の世界保健総会ではWPV伝播遮断に成功したすべての加盟国に対して、ポリオウイルス感染例を診断した場合、(1)72時間以内の緊急対応(調査やリスク評価など)、(2)4週間以内に初回を開始する5歳未満の小児を対象とする大規模なOPV一斉投与、(3)AFPサーベイランスの強化、(4)小児定期予防接種におけるポリオワクチン接種率の引き上げ、などを勧告している。
4)WPVの保存管理の徹底
多くの国でWPV伝播が遮断されつつあるなか、さらに世界根絶が達成された場合には、実験室などで保存管理されているWPVのヒト集団や環境中への漏出は重大な公衆衛生的問題になる。WHOでは1990年代後半以降、実験室でのWPV保存管理について、(1)世界根絶が達成されつつある時期、(2)世界で最後のWPVが報告されてからの3年間、(3)世界根絶の認定以降、の3段階に分けた行動計画を作成し、その実施を加盟国に勧告してきた 1)。WPRでは、日本と中国が国内のWPV保有施設の調査およびその公式リストの作成を終え、その報告書をWPRポリオ根絶地域認定委員会に提出した2008年に、第1段階を完了している(本号11ページ参照)。
5)ポリオ地域根絶認定作業の維持
WPRポリオ根絶地域認定委員会は2000年の地域根絶宣言以降も毎年会合を開き、各加盟国の認定委員会から提出される報告書を精査し、本稿に掲げている8つの活動の現状を評価、WPRO事務局長ならびに各加盟国認定委員会にその結果と必要な行動を報告している。
6)各国政府のコミットメントと支援の維持
地域根絶状態の維持と世界根絶の達成には各国政府の強力なコミットメントと支援が不可欠であるが、WPVの発生がなくなったWPRでこれを維持することは容易ではない。2005年のWHO西太平洋地域委員会年次総会では、2012年までの麻疹の地域排除とB型肝炎の強化対策を決議するとともにポリオ地域根絶状態の維持活動を強化するよう加盟国に要請した。
7)適正な財源と人員の継続的確保
WPROでもポリオの地域根絶状態維持のための予算獲得は年々困難になっており、関連活動経費は472百万ドル(2000〜2001年)から256百万ドル(2004〜2005年)、205百万ドル(2006〜2007年)と減少している。
8)世界根絶達成以降の準備
世界ポリオ根絶達成以降は、WPV、Sabin株ウイルス、VDPVのヒト集団や環境中への漏出によるポリオの再発生、再流行の防止が最大の課題となる。そのため、(1)これらの保存管理の徹底、(2)小児定期予防接種におけるOPV使用の一斉停止、(3)ポリオの再発生、再流行の際のOPV 使用に関する国際的取り決めの徹底、が不可欠であり、WPROではその準備に取り組みつつある。
1) WHO global action plan for laboratory containment of wild polioviruses second edition
(http://www.who.int/vaccines-documents/DocsPDF03/www729.pdf)
WHO西太平洋地域事務局
高島義裕 Sigrun Roesel Youngmee Jee