The Topic of This Month Vol.30 No.7(No.353)

ポリオ 2009年現在
(Vol. 30 p. 171-172: 2009年7月号)

急性灰白髄炎(ポリオ)は、ポリオウイルスの中枢神経への感染により引き起こされる急性ウイルス感染症で、一般的には、小児麻痺として知られている。典型的な麻痺型ポリオ症例では、ポリオウイルス感染による運動神経細胞の不可逆的障害により弛緩性麻痺を呈する。ポリオの特異的治療薬は存在しないため、ポリオワクチンによる予防接種がポリオ流行制御の基本戦略となる。ポリオは、感染症法に基づく2類感染症として、診断した医師は直ちに患者・無症状病原体保有者(ワクチン株を除く)の全数を届出ることが義務付けられている。ワクチン関連麻痺(VAPP)およびワクチン接種者からの二次感染によるポリオについても届出の必要がある(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。ポリオの典型的な臨床症状である急性弛緩性麻痺(AFP)は、ポリオウイルス感染以外によっても発症する場合があるので、糞便検体からのポリオウイルス分離・同定・遺伝子解析による確定診断は、ポリオサーベイランスにとって不可欠である。

世界ポリオ根絶の状況:1988年、WHOにより世界ポリオ根絶計画が提唱されて以来、ポリオ症例数および流行地域は着実に減少し、1999年のインドのポリオ症例を最後として、2型野生株ポリオウイルス伝播は世界的に終息したが、1型および3型野生株は、ポリオ常在国4カ国において、いまなお伝播が継続している(図1)。途上国におけるポリオ根絶の基本戦略は、安価で接種が容易な経口生ポリオワクチン(OPV)の集団接種によって、野生株ポリオウイルス伝播を遮断することであり、ポリオ流行地域・ハイリスク地域では、現在も徹底したOPV接種キャンペーンが進められている。しかし、WHOが世界ポリオ根絶の当初の目標とした2000年以降、ポリオ症例数で見る限り、世界的ポリオ根絶の進捗は一進一退と言わざるを得ない(図2)。野生株ポリオ常在国であるインド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアは、それぞれ解決困難な地域問題を有しており、インド北部では2008〜2009年にかけて、3型野生株ポリオ症例が大幅に増加した(本号19ページ)。2004〜2005年にかけて、ナイジェリアに由来する1型野生株の伝播により、スーダン、ソマリア、イエメン、インドネシア等で大規模なポリオ再流行が発生したが、これらのポリオ流行は、いったんコントロールされた(図2)。しかし、2008〜2009年にかけて再び、ナイジェリアに由来する1型野生株の伝播により、ニジェール、コートジボワール、スーダン、ケニア等で、また、インドに由来する野生株によりアンゴラ(3型)やネパール(1型)等でポリオ症例が多発しており、ポリオ常在国からの野生株ポリオ輸出の常態化は、きわめて大きな問題となっている(本号19ページ)。

また、2000年以来、世界各地でワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)によるポリオ流行の発生が報告されており、とくにナイジェリア北部では、1型および3型野生株伝播と同時に、2型VDPVによるポリオ流行が4年以上継続している(本号4ページ)。WHO西太平洋地域では、2000年に野生株ポリオウイルス伝播の終息を宣言して以来、野生株によるポリオ流行は報告されていないが、VDPVによる小規模のポリオ流行および野生株ポリオ輸入症例が報告されており、依然、ポリオ流行の潜在的リスクが継続している(本号3ページ)。

日本のポリオサーベイランス:わが国では、感染症法によるポリオ患者の報告や感染症流行予測調査事業等に基づく複数のサーベイランスにより、ポリオウイルス野生株およびVDPVの輸入および伝播が無いことを、疫学的・ウイルス学的に確認している。感染症流行予測調査事業では、ポリオ患者に由来するポリオウイルスの解析および健常児糞便に由来するポリオウイルス分離株の解析(ポリオ感染源調査)を毎年実施しており、1993年以来、野生株ポリオウイルスは検出されていない(本号6ページ)。また、感染症流行予測調査事業に基づくポリオ感受性調査が、数年おきに実施されており、感染伝播を阻止するのに十分と考えられる免疫レベルが確認されている(本号8ページ)。今後も、不活化ポリオワクチン(IPV)導入に向けて、感度および精度の高いポリオ病原体サーベイランスを継続する必要があり、環境サーベイランス等、あらたなポリオサーベイランス手法の研究が重要である(本号10ページ)。

ポリオウイルスの実験室診断:ポリオウイルス実験室診断の基本は、培養細胞によるポリオウイルス分離であり、分離ウイルスの型内鑑別(野生株とワクチン株の判別)を行う。近年、VDPVによるポリオ流行のリスクが明らかとなったことにより、より精度の高いポリオウイルス検査が求められており、遺伝子検査や抗原性解析により非ワクチン株と判定されたポリオ分離株については、すべてVP1 全領域の塩基配列を解析する。ワクチン株と比較して 1.0%以上の変異を有するVDPVは、長期間伝播し変異を蓄積した可能性がある。そのため、VDPVが検出された場合には、強化サーベイランスによりVDPV伝播の有無を調査し、必要に応じて、追加OPV接種等によるポリオ流行の制御対策を実施する。

世界ポリオ根絶計画が進展し、野生株ポリオウイルス伝播が終息した場合には、実験室等に保管されているポリオウイルスに由来するポリオ流行のリスクが危惧される。そのため、わが国でも、野生株ポリオウイルス保管施設調査を実施し、保管施設リストを含む調査報告書を、WHO西太平洋地域ポリオ根絶認定委員会に提出した(本号11ページ)。

今後の課題:WHOは、世界ポリオ根絶計画を、もっとも優先度の高い感染症対策として位置づけ、各流行国におけるワクチン戦略の至適化を中心とした対策を積極的に進めている。しかし、ここ数年内に野生株伝播を終息させ根絶宣言を行うという従来計画の達成は、現実的には、きわめて困難な状況である。世界ポリオ根絶達成まで時間を要する可能性も考慮し、日本を含むポリオフリーの地域でも、精度の高いポリオサーベイランスを継続することが重要である。VAPPおよびVDPVによるポリオ流行のリスクを考慮して、多くの国々で、OPVからIPVへの変更が進められた。現実に、わが国でも、VAPPが毎年のように報告され(<2例/年)(IASR 29: 200-201, 2008)、VDPVも検出されている(本号6ページ10ページ)ので、IPVの早急な導入が必要である。なお、弱毒化ポリオウイルスに由来するIPVを含有するDPTとの混合ワクチンの開発が日本で進められている。

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