2010年春季に日本で多発したA型肝炎の分子疫学的解析
(Vol. 31 p. 287-289: 2010年10月号)

日本でのA型肝炎患者数は2007年以降非常に低いレベル( 150人/年程度)で推移していたが、2010年は3月から全国各地でA型肝炎が多発したため、3月26日に国立感染症研究所感染症情報センターからアラートが発出された。また厚生労働省は、4月26日付健感発第0426第2号・食安監発0426第4号「A型肝炎発生届受理時の検体の確保等について」(IASR 31: 140, 2010参照)により、各自治体宛にA型肝炎の発生届を受理した場合の分子疫学的解析を目的とする患者の糞便検体の確保と積極的疫学調査の実施を依頼した。感染症情報センターのまとめでは、2010年のA型肝炎患者数は第34週時点で296人となっている。

ウイルス第二部では、感染症情報センター、国立医薬品食品衛生研究所、および全国の地方衛生研究所と共同で、A型肝炎患者からウイルス(HAV)ゲノムの検出を試み、得られた塩基配列情報を基に分子疫学的な解析を行った。本稿ではその結果について記載する。

A型肝炎患者の便乳剤または血清からRNAを抽出し、2009(平成21)年12月1日に医薬食品局食品安全部監視安全課長より通知された食安監発1201第1号「A型肝炎ウイルスの検出法について」に従い、HAVゲノムの構造/非構造領域のjunction部分の配列をRT-PCR法により増幅後決定した(図1)。これらの配列を過去のデータベースと比較し分子疫学的な解析を行った。

現在までに合計59株について配列解析を行った。その結果、今年の流行株はgenotype IAが42株、IBが1株、IIIAが16株であり、その大部分はIAの2つのクラスターとIIIAの1つのクラスターに分類されることが判明した(図2)。IAのクラスターの1つ(図2、IA-1)は2006年に日本で滋賀、新潟などで小流行した株と類似しており、また同じクラスターに属する株が2001年から継続して検出されていることから、少なくとも10年程度前から日本に常在していた株と推定される1,2) 。

一方、IAのもう1つのクラスターに属する株(図2、IA-2)は解析を行った株の過半数を占め、非常に均一性が高く、しかも2007年にドイツで確認された株(HAV-DE-2007/08-196、図2 IA-2中に紫で示した株。本稿ではGM2007と呼ぶ)と同一の配列であった3) 。GM2007は2007年にフィリピンへ旅行し帰国直後に急性肝炎を発症した11歳の女児から得られた株である。また、このクラスターに属する日本の患者の中には、フィリピンからの帰国直後に発症した事例が2例あった(うち1例については本号11ページ参照)。本クラスターはフィリピンとの関連が示唆されることから、データベースよりフィリピンの河川水、下水由来のHAV配列を取得して系統樹解析を行った結果、これらの配列の一部は本クラスターに属していることが判明した。以上の結果から、本クラスターに属するIA株は、フィリピンのHAVと関連があることが強く示唆された。

日本において、従来genotype IIIAに属するHAVの報告は非常に少なかったが、本年は30%近くがIIIAに分類されている。韓国においては、2000年以降のHAVの主要なgenotypeはIAであったが、2008年から急性A型肝炎の大流行が発生しており、2009年には患者数は15,231人、2010年の32週までの患者数は 4,766人に達している。この大流行の際にドミナントなgenotypeがIAからIIIAに移行していることが報告された4) 。2010年に日本で検出されたIIIAの株(図2、IIIA)は、この韓国で大流行したIIIA株と同じクラスターに属しており、韓国での流行との関連が示唆された(本号11ページ13ページ参照)。

genotype IBが検出された患者(図2)は、エジプト、トルコなど中近東地域への旅行から帰国直後に発症しており、旅行先での感染が示唆される(本号13ページ参照)。トルコ産のセミドライトマトが原因と見られるgenotype IBのA型肝炎の流行が、フランス、オランダ、オーストラリアなどで発生しており、中近東地域で主流と見られるHAVと本事例の遺伝子型が一致していることも旅行先での感染を示唆する5) 。

以上の結果より、本年にA型肝炎が多発した理由は、従来日本に常在していた株に加え、GM2007と同一配列である株が新たに日本で流行し、また韓国で大流行した株も一部日本に侵淫してきたためであると考えられた。GM2007類似株が全国で多発していた原因と、この株の由来についてさらに解析を進める予定である。

 参考文献
1)長谷川,他, IASR 27: 341-342, 2006
2)新潟市保健所, 他, IASR 27: 178, 2006
3) Faber MS, et al ., Emerg Infect Dis 15: 1760-1768, 2009
4) Yoon YK, et al ., J Clin Virol 46: 184-188, 2009
5) Petrignani M, et al ., Euro Surveill. 2010; (15)11: pii=19512

国立感染症研究所ウイルス第ニ部
石井孝司 清原知子 吉崎佐矢香 佐藤知子 脇田隆字
国立感染症研究所感染症情報センター
中村奈緒美 島田智恵 中島一敏 多田有希
国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 野田 衞
三上稔之(青森県)、齊藤哲也(新潟市)、山崎彰美(柏市)、埼玉県衛生研究所、清水英明(川崎市)、
宇宿秀三(横浜市)、長岡宏美(静岡県)、吉田徹也(長野県)、岡村雄一郎(長野市)、小原真弓(富山県)、
柴田伸一郎(名古屋市)、楠原 一(三重県)、近野真由美(京都市)、入谷展弘(大阪市)、奴久妻聡一(神戸市)、
川西伸也(姫路市)、榊原啓子(岡山市)、槙本義正(福山市)、岡本玲子(山口県)、世良暢之(福岡県)、
川本大輔(福岡市)、増本久人(佐賀県)、上村晃秀(鹿児島県)

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